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仕事・人生

馬と人間の仲介役に…手付かずの地を独力で開拓 「馬森牧場」を拓いた女性の思い

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

実際に馬を飼うことで見つけた知識だからこそ「発言力が強い」

 そんな思いからスタートした馬森牧場。始めた当初は馬に会いに来てくれる方なら誰でも受け入れていましたが、個人宅に見知らぬ人を招くのはリスクが大きく、さらには怪我や事故、トラブルに見舞われることもありました。1人での牧場経営は菅野さん自身が振り回されることも多く、あらゆる面で無理があったのです。

「例えば、お客様の対応中に電話を取ることも難しい。電話が突然かかってきて『駅まで迎えに来てください』と言われても、対応ができませんでした」

 そこで現在は、予約制のプライベート型牧場という形で運営しています。

「現在は予約制にして見学も受け入れていないので、馬に対する熱い思いと熱意を本当に持っているお客様しかお見えになりません。とても礼儀正しく、丁寧な対応をしてくださる方が多いですね。繰り返し来ていただくリピーターのお客様が多い印象ですが、初めての方でも“考える力”のある方でしたら積極的にお迎えしたいです」

 この数年はコロナ禍の影響もあり、お客様の質も変化してきたといいます。

「お客様の考え方の質といいますか、馬のことをじっくりと考える方が増えたように感じています。今までは世界中どこへでも飛んで行けましたが、皆さんがコロナ禍によって自宅で過ごす時間が増え、出かけたとしても住んでいる地域にとどまることが多かったのではないでしょうか。

 そんな時、うちのウェブサイトやYouTubeチャンネルをたまたま見ていただき、『馬の視点ってどういうものなんだろう?』と興味を持ってくださる方が多かった。そのため。じっくりと馬について考える方が一気に増えたようです。そういったことは今までになかったことですが、私にとってはありがたい波でした」

菅野さんの愛馬のドウ(写真左)とシャイン【写真提供:菅野奈保美】
菅野さんの愛馬のドウ(写真左)とシャイン【写真提供:菅野奈保美】

 菅野さんから感じられる馬への熱い思い。とはいえ、これまで馬に関わるお仕事を一切していないため、すべて独学でした。その間には危険なこともあったそうで、「3回骨折しました」と苦笑混じりに語ります。

「現在は日本語に翻訳された優れた馬の本があり、セミナーを開く方もいらっしゃいます。また、インターネットを検索すればある程度の情報が得られるんです。でも、15年前は『お金を払いますので教えてください』とお願いしても門前払い。誰も教えてはくれませんでした。だからまずは馬を飼って、扱い方も知らないまま怪我をしながら、手探りで学んできました」

 誰にも教わらず、実際に馬を飼うことで身につけてきた知識だからこそ語ることができると、菅野さんは語気を強めます。

「すべて自分のもの。だから発言力が強いんです」

 そうは言っても、3度の骨折は菅野さんに馬への恐怖心を植え付けました。「しばらくは馬に乗れなかったし、近寄ることもできない」状態だったそうですが、定期的なトレーニングが必要になるため「行くぜ!」と気合を入れ、時間をかけて丁寧に根気よく馬と向き合ってきました。それもすべて馬のためです。

「何もできずに年を取った馬というのは、肉になる以外の道がない。人間でいうと、最低限の人と生きる上でのマナー、そして仕事ができる能力を馬にもつけてあげないといけない。犬や猫と違い、生きるだけで多額の維持管理費と場所を必要とする馬は、持ち主に何かあった時にそうそうもらい手が現れないのです」

「『怖いからやめておこう』という選択肢はこれっぽっちもなかった」とも語る菅野さん。それこそが、自身ならではの馬に対する愛情表現なのです。

◇菅野奈保美(かんの・なおみ)
幼少期に各地を転々とし、社会人になってからは美容外科のビフォーアフターをネット上で公開する仕事に就く。30代の時に訪れた府中競馬場で“音が聞こえなくなる”という不思議な体験をしたことから、馬とともに生きていく人生を選択。1年も待たずして当時住んでいた神奈川県から千葉県へ移住した。2012年に「馬森牧場」をプレオープン。現在までに多くの来場者に乗馬体験だけでは得られない馬の生き方や感性を伝えている。同牧場はテレビ番組のロケで使用されることもしばしばある。

(Hint-Pot編集部・出口 夏奈子)