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タカラジェンヌの姉を見て悔し涙 夢破れた妹がコロナ禍で見つけた新たな希望

公開日:  /  更新日:

著者:柳田 通斉

3回目も最終で不合格…断念して国士館高に編入学で激変

明るい笑顔を見せる小林さん【写真:荒川祐史】
明るい笑顔を見せる小林さん【写真:荒川祐史】

 受験資格は「受験時に中学卒業あるいは高等学校卒業または高等学校在学中の方」(宝塚音楽学校募集要項より)ということで高校3年になる小林さんにはまだチャンスがありました。しかし、小林さんは燃え尽き症候群の状態になり、一切のレッスンを受けないことを決め、日本音楽高等学校の退学も決意。一方で「大学には行かなければ」と思い、慌てて別の高校に編入の手続きを取りました。そして、新学年が始まる4月7日までに受験可能だった国士館高等学校に入学。環境は激変しました。

「完全にアウェーで、まったくなじめませんでした。女子生徒もいましたが、私は何もしたくない、何をしていても楽しくない状態で殻に閉じこもりました。その頃に姉の初舞台公演があり、家族揃って宝塚まで観劇に行きました。みんなは喜んでいたけど、私はステージを見るのが苦しくて、ずっと涙を流していました。姉の晴れ姿を喜ぶのとは違う悔し涙です。そして、姉を素直に祝福できない自分が嫌になりました」

 夏休みが過ぎると、小林さんは大学受験勉強を始めました。予備校に通い、宝塚のことを忘れるために勉強に没頭。結果、明治学院大学法学部に現役で合格しました。入学後は他の学生と同じようにアルバイトやインターンを経験。恋愛もしたそうです。

「でも、どれも熱中できませんでした。就活時にはアナウンサー採用試験を受けました。アナウンススクールにも通っていましたが、もう一度、自分は何をやりたいのかを分析して出てきたのが『舞台に立ちたい』でした。宝塚の舞台に立てなかった無念さが、しこりのように残っていたのです。なので、最終段階まで進んでいたテレビ局の試験は辞退させていただきました」

 その後は、芸能事務所に履歴書を送付。反応したのが生島企画室でした。生島ヒロシ会長から「培ったものを生かし、舞台に挑戦してみよう」と声をかけられ、小林さんはオーディションを受け始めました。

 そして2019年5月、『MOTHER ~特攻の母 鳥濱トメ物語~』(東京都・新国立劇場小劇場)で初舞台。特攻隊員に恋心を抱く女性を演じました。同年秋には大地真央さん主演の音楽劇『ふるあめりかに袖はぬらさじ』(東京都・明治座)で花魁を演じています。

「宝塚歌劇団の演出家の方が手がけられた作品で、憧れていたタカラジェンヌの方々も出演されていました。大地さんにも大変良くしていただきました。その状況で大きな舞台に立て、宝塚の気分を味わえました。3歳から抱いてきた思いがここで叶った。一つの成功体験になったと思う一方で、皆さんがものすごい覚悟で舞台に立っていることを感じました」

宝塚女優らと舞台共演 オファー相次ぐも「区切りに」

 その後も出演オファーは相次ぎ、2019年は計6作品に出演しました。2020年も出演作が複数本決まっていたものの、コロナ禍でそのすべてが上演中止に。そして、小林さんはもう一度考えたそうです。

「私には、舞台に立ち続ける強い覚悟があるのかということです。スキルを高める努力を続け、女優をずっとやっていけるのか。それを確かめるためにも、コロナ禍でできたこの時間を使って他のこともやってみようと思いました」

 24歳。実務経験のない小林さんは就職活動に苦戦する中、同年8月、menuの系列会社にアルバイトとして採用されました。当初は人事部採用広報の担当でしたが、menuのデリバリーサービスが立ち上がるタイミングで「menuの広報をやってほしい」と依頼され、半年でmenuの契約社員に。今年2月には正社員に登用されました。

「menuで仕事をさせていただく中で、女優業に区切りをつけることを決めました。今の仕事にやりがいを感じているからです。デリバリーを使って、時間を生み出していく。そうしたポジティブな面を伝えることもミッションだと思っています。そして、ホテルの魅力を伝えていくことに喜びを感じている自分にも気づけました」

 小林さんにとって、舞台は“出るもの”から再び“観るもの”になりました。しばらく避けていた宝塚の公演にも頻繁に足を運んでいるそうです。

「先日、花組公演の『冬霞(ふゆがすみ)の巴里』を観劇しましたが、心が動き物語に没頭できました。姉もすごく良かったです。今、素直にそう思えるようになれたこともうれしかったです」

 小林さんは、menu勤務を機に実家も出て完全に独立した生活を送っています。

「舞台女優の間は収入が不安定で援助を受けていましたが、給与を得られるようになって、『このままでは良くない』と思いました。当たり前のことですが、ホテルめぐりも自分のできる範囲でしています」

「お嬢様」として育ってきた小林さんですが、大きな挫折も経験し、人としての幅を広げた印象です。今はmenu広報・PRに軸足を置き、ホテルライター、モデル業にまい進。そうしたキャリアも生かしながら前進していく。そんな気がします。

◇小林千花(こばやし・ちか)
1995年10月3日、東京都港区生まれ。2018年から生島企画室に所属し、舞台を中心に俳優として活動。2020年8月から「menu」の系列「株式会社ルーデル」で採用広報として勤務。2021年2月から「menu」の広報・PRを担当。同年4月から「美人百花」(角川春樹事務所発行)の専属読者モデル。特技は「一度お会いした人の顔と名前を覚えられる」。趣味はホテルめぐり、宝塚観劇。「利き酒師」の資格も持っている。身長155センチ、血液型O。

(柳田 通斉)