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宝塚ファンに衝撃を与えた電撃婚の真相 元星組トップスター稔 幸さんが語る舞台裏

著者:Hint-Pot編集部・瀬谷 宏

インタビュアー:竹山 マユミ

トップスター時代の苦労について語った稔 幸さん【写真:荒川祐史】
トップスター時代の苦労について語った稔 幸さん【写真:荒川祐史】

 同期から男役4人、娘役1人のトップスターを輩出し、100年以上続く宝塚歌劇団の歴史の中で伝説となっている「華の71期生」。その中で、星組元男役トップスターとして活躍した稔 幸さんを語るにおいて欠かせないエピソードといえば、退団直後の電撃結婚です。宝塚の世界をOGたちの視点からクローズアップする企画「Spirit of タカラヅカ」。稔 幸さんへのインタビュー最終回は当時のファンや関係者に衝撃を与えたこの一件について。舞台裏では一体何が起こっていたのか、フリーアナウンサーの竹山マユミさんがお話を伺いました。
 
 ◇ ◇ ◇

怪我が絶えなかった現役時代 骨折したまま続けたサヨナラ公演

竹山マユミさん(以下竹山):稔 幸さんといえば「星の王子様」として多くのファンから注目されていました。当時はどんなことを意識されていたのですか。

稔 幸さん(以下稔):自分ではそんなに意識してなかったんです。ただ、やはりファンの方の夢は絶対に壊してはいけないという空気はありました。特に星組は華やかな衣装をまとう作品が多かったので、白いロングコートと白いロングブーツは自宅に常備していました。燕尾服も含めて、今も自宅にありますよ。

竹山:代表的なコスチュームといえば「ベルサイユのばら」が思い浮かびますが、公演中の怪我もあったそうですね。

:怪我は多かったですね。2001年のサヨナラ公演(「ベルサイユのばら─オスカルとアンドレ編─」)の時も、千秋楽まであと2週間くらいの時に骨折してしまったんです。衣装のマントに引っかかり、サーベルを握ったままドーンって床に手を突いてしまって。感覚的に「折れたな」と思いました。

竹山:かなりの痛みだったのでは?

:痛いというのもありましたが、次の段取りとして(衣装の)早変わりをしなければならないわけですよ。通常でもギリギリ間に合うくらいの早変わりをしているので、この手が使えなくなったら次にどうやったらいいかを考えました。しかも都合が悪いことに、痛めたのはクライマックスのバスティーユのシーンの前。何十回もサーベルを上げる振りがあったのですが、さすがに手が上がらなくなってきちゃって……。最後はもう自分の手じゃないくらいの感覚でした。

竹山:それでも毎日公演が続くわけですからね。

:あれほど過酷なことはもうないと思います。「宝塚を辞めるのをやめるか」と言われたくらい重症でしたから。でも、下級生の頃から、舞台上でハプニングを経験してきて、最悪のシナリオを何となくイメージしておくクセはついていました。それが強さかな。だから、何があっても多少のことでは動じません。なってしまったことを嘆いたり、慌てたりしても仕方ないので、次に何をやるべきかを迷わずチョイスできる強さは身につけられたかなと思います。

竹山:怪我をされた当日も含め、千秋楽まで全うされたのですね。

:本当にやらなきゃいけない時は何でもできるんだなという感じはします。でも、今は絶対に無理をしません。今の現役さんたちにも「何かあったら休みなさい」って言いますよ(笑)。

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