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330人の中から選ばれた子役・大沢一菜 『こちらあみ子』で塗り替えた少女像とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

(c)2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ
(c)2022『こちらあみ子』フィルムパートナーズ

 古今東西、演技の世界には多くの名子役たちが存在します。子役の役柄は、主役から大人の主役にとって重要な存在を示すものなどさまざま。その描き方には、監督を含む周囲が考える“子ども像”が反映されているといえるでしょう。しかし近年は“子どもらしさ”の定義が広がり、なおかつ曖昧になりつつあります。大人ではない子どもとは、本当はどういう存在なのか。そんな部分を静かに揺さぶるような作品が森井勇佑監督の『こちらあみ子』です。330人が参加したオーディションを経て、主人公のあみ子役に抜擢された大沢一菜(かな)さんの存在は、何かの幕開きを感じさせるようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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経験値がなくても演技していることをまったく感じさせない俳優

 SNSのタイムラインに流れてきた俳優向けワークショップのお知らせに目が留まり、参加してみた。ワークショップには、ビジネスや趣味の幅を広げるもの、自身の成長のためのものとさまざまなタイプがあり、興味がある方も多いのではないだろうか。

 私が俳優向けワークショップ(俳優以外も参加可能)に参加したのは、俳優の取材で演技について質問するのなら相手の事情も知っておいた方がいいのではないかという考えからだ。家にこもらざるを得なかった日々を経て、外で行われる活動に参加してみたかったというのもあるが。

 参加者の8割が演技力の向上を目的としていたが、後の2割はプレゼンスキル向上や自己啓発を望んでいた。

 参加して痛感したのは、人には思いの他、強い“自意識”があることと、人とはこうであるという“本質”に縛られているのだということ。セリフに伴う、または伴わない感情を意識した途端、まるでロボットのようにぎこちない動きになっていく。プロの俳優と、今さっきそれを意識した素人では年季が違うのだから仕方ない。

 でも経験値がなくとも、演技していることをまったく感じさせない俳優もいる。例えば森井勇佑監督のデビュー作『こちらあみ子』で主人公のあみ子を演じた子役、大沢一菜のように。

感受性豊かで思ったことを口にする主人公の少女 それに傷付く周囲

『こちらあみ子』は、海辺の町で父・哲郎(井浦新)と母・さゆり(尾野真千子)、兄(奥村天晴)と暮らす小学生・あみ子の物語。感受性豊かなあみ子は、興味の対象をさまざまに広げ、彼女にしか見えない空想の世界を構築していく。

 あみ子の叩くガードレールが、裸足の彼女の足音がさまざまな音を生み出し、リズムを刻む。音楽室に貼られた音楽家たちが、校長室に飾られた歴代校長らが絵から抜け出し、あみ子の奏でる音楽に乗って、彼女とともに行進する。

 その一つひとつにあみ子が顔を輝かせる様子はとても魅力的。森井監督の目論見にまんまとハマっていく。

 一方であみ子は、相手の状態を憂慮することなく思ったことを口にする。その言葉は相手の心を思いきり逆撫でする。触れられたくないことが分かっているかのように的確に。ただ言ってほしい優しい言葉も発するし、やってほしいこともする。相手を傷付けたいわけではない。言葉と行動を取捨しないだけ。

 しかし、あみ子と関わる人々は、彼女のそういう部分を知っていながらもなお、立ち直れないくらいの精神的なダメージを受けてしまう。