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仕事・人生

ウエイトリフティング日本代表から敏腕広報へ 松本潮霞さんの今

公開日:  /  更新日:

著者:河野 正

ウエイトリフティング部新設で導かれたALSOKへの道

 そんな折、ALSOKは2020年開催予定だった東京五輪に向け、ウエイトリフティング部を2014年に創設することを決定。会社は日本ウエイトリフティング協会に「新卒で世界を目指せる選手を紹介してください」と依頼し、同協会から推薦された松本さんが、2014年に入社したのです。今も現役を続ける男子96キロ級の山本俊樹選手とともに、栄えある創設1期生となりました。

 社員であっても、通常のようにオフィスで仕事をするのではなく、現役時代は練習と試合に明け暮れる「強化選手」として毎日を過ごした松本さん。「強化選手は柔道でもレスリングでも、試合に出て結果を残すことが仕事です。いろんな大会に出場して活躍してもらえば、会社のいいPRになります。社内業務はありませんが、会社の一員扱いなので福利厚生などは社員と一緒です」と松本さんの先輩となる河合広報第一課課長代理が説明してくれました。

 現役時代の松本さんは、午前9時から練習を開始して昼食と休憩を挟み、日が暮れるまで、1日約7時間のトレーニングを重ねていました。強化選手は、すべての競技において卒業後も母校で練習しているのだそう。その理由を「私たちは慣れ親しんだ練習環境を変えなくていいし、学校側も世界を目指す選手が身近にいるので、学生にはいい刺激になり、両者にとってメリットがあるんです」と松本さんは笑顔で明かしました。

 社会人となった後も松本さんの成長ぶりは著しく、入社1年目から全日本女子選手権3連覇、世界選手権にも出場。リオデジャネイロ五輪の出場権を懸けた2016年の第30回全日本女子選手権では、スナッチの2回目で95キロ、3回目で97キロと当時の日本記録を打ち立て、トータル211キロの大会新記録で優勝。見事に五輪出場を決め、五輪では9位の成績を収めたのです。

2016年全日本女子選手権でリオ五輪出場を獲得した時の松本さん【写真提供:ALSOK】
2016年全日本女子選手権でリオ五輪出場を獲得した時の松本さん【写真提供:ALSOK】

 その後も自身の持つ日本記録の更新、2度の世界選手権出場や全日本女子選手権で通算6度の制覇を飾りましたが、昨年11月の全日本女子選手権を最後に現役生活にピリオドを打ちました。

ALSOKで“新社会人”としてのキャリアがスタート

 身の振り方はいくつかあったはずですが、松本さんはそのままALSOKでセカンドキャリアを歩むことを選択しました。松本さんが希望したのは、広報部。選手時代から試合やCM撮影などで一番関わりの深かった同部を希望し、広報第一課の担当係長という立場でさまざまな経験を積んでいます。

「『社内報』制作が主な担当業務です。社内報は3種類あり、雑誌は隔月、新聞とメールマガジンが2週間に1度です。毎週何かしらを制作しているので、常に締め切りに追われている編集者の気持ちです。完成品として社員の手に渡るまで、たくさんの人が確認することに驚きました。それを見越して入稿日までの日数を考えないといけません。現役時代、試合に向けて逆算しながら練習メニューを作っているのと同じ感じですが、まだ慣れませんね」

デスクワークに勤しむ松本さん【写真提供:ALSOK】
デスクワークに勤しむ松本さん【写真提供:ALSOK】

 こう話す松本さんですが、快活な語り口と笑顔いっぱいの表情からは、次から次へと直面する新たな業務をむしろ楽しんでいるようにも感じられます。

 世界と戦ってきたアスリートだけに、多少のことではびくともしなそうですが、“新社会人”としての奮闘もあるといいます。「試合でうまくいかなければ練習で頑張れば良かったのですが、ガッツや筋肉ではパソコンは動いてくれません。先輩から『“ワード”にこんなレイアウトで、こういう感じのを作って』と言われても、最初は何だそれ~!?って感じでした。徐々にマスターしてきています」と愉快なエピソードを散りばめた説明は、広報部らしさを感じさせます。

 趣味はおそば屋さんめぐりにアニメ鑑賞、好きな芸能人は人気男性アイドルグループのSexy Zone。同年代の周りの女性たちと変わりなく、「“港区女子”なんですよ」と得意気に笑いました。

 しかし“新社会人”としての歩みを進めて半年、今後の夢や目標については真剣そのものです。「女子アスリートのセカンドキャリアの道筋をつけたいと考えています」と前置きした松本さん。今も週末の1日は後進指導に当たり、ウエイトリフティング競技の普及育成も担っているそう。

広報として新たなチャレンジを楽しんでいる松本さん【写真:荒川祐史】
広報として新たなチャレンジを楽しんでいる松本さん【写真:荒川祐史】

「ウエイトリフティングは選手の就職先がほとんどないのが現状です。私は幸運にもALSOKに入社し、この上ない競技人生を送らせていただきましたが、私のように恵まれた選手はごくわずか。大学で夢を諦めざるを得ない選手も多くなると、日本の競技レベルが低下してしまいます。有能な選手は大勢いるので、社会人になっても競技を続けられる環境を整えてあげたい」と才能豊かな若手へエールを送っていました。

 アスリートとして成功した松本さんは、会社でも貴重な戦力として期待されています。「五輪に出場した日本代表選手が、社員として一生懸命働いている姿は、みんなの刺激になります。会社の顔になってほしい」と河合課長代理。松本さんの人柄、人間性がそうさせているのでしょう。

◇松本潮霞(まつもと・なみか)
1992年生まれ。松戸国際高校でウエイトリフティングを始め、2010年全日本女子選手権大会で初優勝、計6度制覇。2014年4月、ALSOK入社。2016年リオデジャネイロ五輪に出場し、9位の好成績を収める。現役時代の記録はスナッチ98キロ(日本記録)、ジャーク116キロ、トータル214キロ。2021年11月に現役を引退し、2022年1月からALSOKで会社員としてセカンドキャリアをスタートさせた。

(河野 正)