カルチャー
記憶障害を持つ女子高生の恋 福本莉子が成長見せる『今夜、世界からこの恋が消えても』
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記憶の中にある恋…ラブストーリーとして印象的な場面の数々
『今夜、世界からこの恋が消えても』の真織も「タフ」だ。そう思わせるのは、日記を毎日つけているという事実。何かを継続させることはとても精神力がいる。ましてや日記。眠い日もあれば、日記なんてつけたくない心持ちの日もあるだろう。しかも前の日のことを忘れてしまう真織の朝は、絶望から始まるのだ。それを続けているという設定だけで、真織の強さが分かる。
そんな真織と透の恋とは何か? それは記憶なのだと思う。恋をしてからの真織は、以前にも増してじっくり日記を書いているように描写される。まるで書いているのがラブレターであるかのように。
一方、透の愛情表現も記憶だ。記憶について徹底的に調べたであろう透は、記憶の形態の一つ「手続き記憶」について真織に話す。「手続き記憶」とは、自転車に乗る、楽器を演奏する、絵を描くなど体が覚える記憶で、潜在的な記憶だ。
体が覚えた「手続き記憶」は、たとえそれを覚えた状況は忘れてしまったとしても、行動自体は記憶され続ける。記憶される場所は大脳基底核と小脳とされているから、海馬を損傷した真織でも問題はない。
この映画にはいくつかラブストーリーとして印象的な場面がある。映画的かつ映像的に高揚感のある場面は他にもあるのだが、私には「手続き記憶」に懸けた透と、真織のやりとりが最大のラブシーンなのだと感じられた。ただ甘いだけでなく、自分が持ち得る未来を、2人がそれぞれのやり方で切り開いていこうとするところがこのラブストーリーの魅力なのだと。
前の日の記憶を失い続ける真織が、透から受け取ったものをある形にする。愛を無意識に形にするというか。記憶がないのに、あるようにも見えるその表情。その過程を演じる福本が良い。一気に成長した福本を見たような気がした。
『今夜、世界からこの恋が消えても』全国東宝系にて公開中 配給:東宝 (c)2022「今夜、世界からこの恋が消えても」製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。