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映画『ハウ』の池田エライザに“気づかない”理由とは 印象的な派遣社員役に至るまで

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

(c)2022『ハウ』製作委員会
(c)2022『ハウ』製作委員会

 中学生時代からモデルとして活躍し、現在は歌手とタレント、俳優、映画監督の肩書きも持つ池田エライザさん。ツイッターアカウントで自ら発信を続け、自撮りや「エライザポーズ」と呼ばれるポーズなどが注目を集めました。2020年にはツイッターを閉鎖しましたが、そのクリエイティビティはますます磨かれています。一方で、2011年からスタートさせた俳優業では、自身のイメージを変えることに躊躇がありません。作品によってビジュアルイメージを大きく変えることもあり、映画出演最新作『ハウ』では影が薄い派遣社員役。池田さんであることを感じさせない部分に驚かされるそうです。そんな池田さんの俳優としての面白さについて、映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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出番はそれほど多くないものの印象的な派遣社員役

 派遣社員として勤める知り合いから、「仕事ができないと判断された方が好都合。時給労働者の我々にたくさん仕事を振られても困るから」と聞かされた。生産効率を考えると、確かに会社は早く正確にこなせる人になるべく多く仕事を振るだろう。でもそれで生産性が上がっても、派遣社員の給与に評価分は反映されない。派遣社員側が、できるだけ負荷がかからないようにと考えるのも仕方ないのかもしれない。

 もちろん仕事をする上で実感できる達成感ややりがいは、金銭だけがもたらすものではない。でも人には、絶対的に経済的余裕が必要なのだ。生きるとは、ただ生命を持続できればいいわけではない。愛する存在や趣味など、慈しむ対象、楽しむ対象という、人生のモチベーションが必要なのだ。

 犬童一心監督、田中圭主演の『ハウ』には、経済的余裕のない派遣社員の女性が登場する。彼女の悩みは、派遣社員の賃金ではまかなえない事態に直面してしまったというもの。経済的余裕のないことは、彼女を寡黙な存在にもさせた。

『ハウ』は、大失恋した市役所職員・赤西民夫(田中圭)が、上司の妻に勧められ、保護犬を引き取ったことで始まる犬視点のロードムービー。声帯を取られ、ハウとしか鳴けなくなっていた大型犬ゴールデンドゥードルのハウは、民夫をはじめ、心に寂しさを抱える人に各地で寄り添いながら、青森県から神奈川県まで旅をしていく。

 派遣社員として登場するのは、民夫と同じ課に勤める足立桃子(池田エライザ)。我先にとコミュニケーションするタイプではないため、言いたいことを飲み込んでしまうこともある桃子は、影が薄く、派遣社員ゆえ促されるままに定時であがっていく。

 でも桃子は、人をよく観察している。そしてたぶん気配りするタイプなのだろう、民夫にサポートを申し出ようとする場面がいくつかある。それを見る度に、物語の筋とは離れるが、彼女にもし正社員としての権限があったら、この課とここの窓口を使う市民の間に満ちた空気の温度に変化を起こせるのではないかと感じた。

 正直、出番はそれほど多くない。にも関わらず、桃子の存在はそんなところにまで思いを馳せさせる。ただ「面白い俳優が出てきた」と気に留めながらも、しばらくそれが池田エライザだとは気づかなかった。

役によって存在感やビジュアルイメージを大きく変える池田

 元々、池田は役によって存在感やビジュアルイメージまで大きく変えてくる俳優だ。でも『ハウ』の桃子はそういったアプローチとも異なれば、バラエティ番組やモデル時代の池田とも違いすぎた。

 池田は、中学1年生の時に、友人の“画策”でティーン向けファッション誌「ニコラ」(新潮社刊)のオーディションを受けることになり、見事合格して、モデルとなった。2011年に『高校デビュー』で俳優デビュー。2013年、17歳で「CanCam」(小学館刊)の専属モデルとなり、2015年に主人公の幼なじみを演じた『みんな!エスパーだよ!』で俳優として強い印象を残した、

 2014年には、まだ芸能界では実演者自身がアカウントを持つことの珍しかったツイッターを使い、事務所に内緒で自ら発信を始めた。彼女がツイッターで発信した片手でアゴをつまんで唇をとがらせる“エライザポーズ”は、キュートなのにキメすぎない感じがティーンエイジャーに受けた。

 池田がツイッターを始めた時のことを彼女の所属事務所の社長は、「最初は驚きました」と語っている。でも「その行動力やエネルギーも彼女らしさ」だと考え直した。池田のやることには往々にして目的があり、ツイッターの場合は「人を幸せにし、豊かにするため」。その目的の元に発信されるものなら、概ね間違いないだろうと判断したのかもしれない。発信は事務所が見守る形で続けられ、100万人を越えるフォロワーを得るに至る。

 池田のこの行動は、それまで全面的に事務所側が用意してきた所属タレント活躍までの道筋のあり方にも変化をもたらしたという。タレント自身のクリエイティブ力をサポートしつつ、事務所もまた提案する。そんな形で進めるのもありなのだと気づかされたと。もちろんタレントの示す道に無条件で賛同するわけではない。異なる視点から吟味し、行くべきところにはゴーを、留まるべきことにはノーを出す。

 そのやり方は、米国の大手マネージメント会社のスタイルと同じだ。主体は実演者、マネージメント会社はそのサポート。米国の場合は、実演者が弁護士やマネージメントを雇うイメージでチームを作り、方向性を吟味し、決定したら交渉ごとから精神面、資金面までサポートし、成功と利益を最大限に追求する。

 日本のマネージメント会社のスタイルには、実演者が興行主や劇団に紐付いていた時代の名残がある。常に整えられた“舞台”で仕事ができる良さはあるが、実演者の望みよりマネージメント会社の意向が上位にあることもままある。意志を持った実演者ならジレンマを感じることもあるだろう。

 その点、池田の所属するマネージメント会社には理解があった。切り開く能力を持つ池田が、それらをうまく運用できるように会社を変えていくという社長。良い出会いが彼女を育ててきたのだと感じた。