カルチャー
「生きてほしいと願うばかりが愛じゃない」 笠井アナが語る“がん患者が見ているもの”
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膵臓がんで余命宣告を受けた高校教師の男性にブノワ・マジメル、その母親にカトリーヌ・ドヌーヴ。フランスを代表する俳優2人による珠玉の物語『愛する人に伝える言葉』が日本公開中です。本作が「これまでの闘病映画と大きく違う」と語るのは、実際にがん闘病を経験したフリーアナウンサーの笠井信輔さん。そう感じる背景には、ご自身の体験が色濃く反映されています。そこで3回にわたり、闘病経験やがん患者本人の心情、周囲のあり方などについて深く語っていただきました。今回はその第1回です。
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医師本人が医師役 ステージ4のがんを経験した笠井さんはどう観たか?
約20年、情報番組「とくダネ!」のサブ司会兼メインアシスタント・ニュースデスクとしてフジテレビの朝の顔であり続けた笠井信輔さん。2019年10月にフジテレビを退社し、フリーアナウンサーとして活躍し始めた矢先、「悪性リンパ腫」と診断されました。退社、フリーアナウンサーへの転向という人生の一大事とほぼ並行して経験したがんの発生。「なぜこのタイミングで」と思ったそうです。
そして同年12月に入院し、治療の末、20年6月に完全寛解。現在はこれまで以上に仕事をこなしています。また、局アナ時代から映画や演劇が大好き。年間にして映画を150本、舞台を100本観てきたという博識を活かし、映画の紹介番組はもちろん、映画祭や映画賞の司会も務めています。『愛する人に伝える言葉』についても、がんサバイバーと映画好きという2つの視線から、さまざまな部分に魅了されたと語ります。
――『愛する人に伝える言葉』は、演劇のクラスを持つ教師である主人公バンジャマン(ブノワ・マジメル)ががんを告知され、闘病生活の中で、仕事について、離婚以来会っていない妻と息子について、自分自身について振り返る作品です。母親役のカトリーヌ・ドヌーヴが過干渉気味にバンジャマンの世話をするのもリアルな感じがしますが、まずご覧になった感想を伺えますか?
ステージ4のがんを告知され、一時は死をも覚悟するような状況を体験した身としては、ものすごくしんどかったんです。だって、難病ものとしてはストレートな物語。がんを告知された息子を過剰に心配する母親、離婚した元妻や自分の息子への思い、そして何より自分が何者にもなれなかったという無念を受け止めきれずに死に向かっていく話なので。
でもこの作品は、親子の別れや、死んでいく主人公の気持ちになって涙するだけのメロドラマではありませんでした。ターミナルケア(終末医療)を取り入れた病院のドクター、エデ医師の優しくも厳しい、医療に対する考え方に魅了される部分も大きかったからです。
――エデ医師はがんの症状について、正直に患者に伝える方針を打ち出しています。治せないと告げたバンジャマンには、命が絶える瞬間までをどう生きるか、生活の質を維持する化学療法を提示しながらともに歩みましょうと伝える。ドヌーヴ演じる母が処方箋薬でない治療をバンジャマンに勧める気持ちも分かります。
僕は当初、「フランス版“Dr.コトー”のような医師を描く作品なのか」、「こんな理想的な病院があるといいよね」という気持ちで観ていました。でも驚いたことにこの病院はフィクションではないんです。
エデ医師を演じるのは本物のがん専門医であるガブリエル・サラ医師。あの病院の運営方法は、実際にサラ医師が取り入れているもの。本人が(ほぼ)本人役を演じる映画なんて、僕が知る限り、列車テロを扱ったクリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』(2018)と、実際の刑事が刑事役を演じた『とら男』(2022)くらいですよ。
この映画のエマニュエル・ベルコ監督によると、監督はサラ医師と出会って話を聞くうちに興味を持ち、深い取材をしてこの映画を作り上げたのだそうです。最初、医師役も俳優さんに演じてもらおうと思っていたそうですが、どうしてもこれは本人じゃなきゃ説得力がないということで、サラ医師に演じてもらったと聞きました。