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令和がん患者のキーワードは「我慢しない」…がんサバイバー笠井アナが訴える理由とは
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フリーアナウンサーの笠井信輔さんは、局アナから独立した矢先の2019年10月に「悪性リンパ腫」の診断を受けました。同年12月に入院し、2020年6月に完全寛解しましたが、闘病中は人生やがんという病について深く考え続けたそうです。そんな笠井さんが注目する映画『愛する人に伝える言葉』は、膵臓がんを告知された高校の演劇教師とその母親を描いたもの。今回はこの作品をきっかけに、がんサバイバーとしての考えをじっくり語ってきました。最終回はがん患者と仕事の関係や医療現場にいる人たちへのメンタルケアについてです。(監修:朝倉医師会病院呼吸器科部長 内科医・呼吸器科医・感染症科医・アレルギー科医 佐藤留美医師)
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まずは主治医を信じること 日本の「標準治療」とは
――前回はセカンドオピニオンの話が出ましたが、『愛する人に伝える言葉』では息子ががんと診断されたカトリーヌ・ドヌーヴ演じる母親は、息子を民間治療の治療院に連れて行きます。あれはどう思われますか?
自由医療ですね。他の治療法を試したいという生き方、それも分かりますし、僕は間違ってはいないと思う。ただし、まずは、主治医を信じること。手の施しようがないと宣告された時に考えることかなと。人によって効果は異なりますし、患者自身が選んだ道なら一つの生き方ですが、患者本人の意思を超えてなのであれば違うと思います。
一つ言える重要なことは、日本には「標準治療」という健康保険が3割負担してくれる安い治療法がありますが、この標準治療がキング・オブ・キングだということ。私も「特別な治療法となります」と言われた時、どのくらい高額になるかと怯えましたが、標準治療の範疇で済みました。
勘違いしてはいけないのは、健康保険でカバーされる標準治療薬は、先進医療で治験を重ね、みんなに等しく効くことが実証されたものであること。名称が標準だからありがたみが薄れていますが、本当は最も優れた治療法・治療薬が標準治療なんです。名称を変えなきゃ患者の誤解は続くと思いますが、なかなか変えられないそうです。
仕事とはとてつもなく大切なこと…前に向く力を得られるものでもある
――がん告知を受けた後の仕事について伺います。高校の演劇クラスで教えているバンジャマン(ブノワ・デジメル)は、入院してからもしばらくその仕事を続けます。彼が仕事の継続を選んだことについて、がんに罹患したことと、人間にとって仕事とはという両方からお話しいただけますか?
とても重要な話です。日本人の場合、がんを告知されると約2割の人が治療前に仕事を辞めてしまうんだそうです。「びっくり退職」というそうですが、一つは命と向き合うのに働いていけないと思うこと。そしてもっと大きい理由は、周りに迷惑をかけてしまうので身を引くからだそうです。そんなのおかしい。厚生労働省もこれは良くないということで、「がんでもやめない、やめさせない。」キャンペーンを続けています。
高齢化社会になっていく日本は、ますますがんの罹患者が増えるといわれています。当然、企業でも罹患者は増えていく。そんな企業に国はがん対策を求める施策を打ち出しています。企業は彼らを切り捨てるのではなく、1か月後、数か月後に戻るのを待てる体制作りを、保険などを活用しながら進めるようにと。
仕事は、同時にがん患者自身の治療のパワーにもなると思います。私自身がそうでした。フリーになって2か月で、仕事もいっぱいあったのに、がんになって半年働けなかった。4人目の医師のところに診断を聞きに行った時、妻は、私がずっと「いつから仕事ができるか?」など仕事のことばかり質問しているのに驚いたそうです。「働きたい」しか言ってなかったと。
その姿を見て、この生命力があるなら「この人は死なない」と思ったそうです。とにかく働くことが自分にとっての生命線なわけですよ。抗がん剤治療を受けながら通院で治療をしている人も本当に増えました。彼らのモチベーションのためにも、会社に戻れる受け皿があることが重要なわけです。
でも、これまでの企業は、がんに罹患したと聞いただけで、「大変でしょうからもういいです」と言ってしまいがちでした。無意識のバイアス、アンコンシャス・バイアスで、「一緒にやっていきましょう」でなく、「じゃあ結構です」と。その結果、どうなったかというと会社にはがん治療を内緒にしながら働いている人もけっこういるんだそうです。
そういう人たちがとてつもない苦労をしている。なぜなら、少量だろうが大量だろうが、抗がん剤はものすごく体に負荷がかかり、人によっては1週間くらい寝込むほど。その間、会社を休むと「また休んでいる」と言われる。
だから上司と本当に近しい同僚2~3人にしか打ち明けていないという方も結構いるそうです。もちろん金銭的な問題が一番ですが、それでも働くのは社会とつながっていたいからでもあるわけです。自分は何のために生きているのか。
高須将大さんというプロの格闘家は、肝臓がんステージ4の診断を受けて以来、再発を繰り返し何度も手術をしながら試合に出ているんです。トレーニングしている時にお腹を蹴られたら、あまりにも痛くおかしいなと思って受診したら、そこが肝臓がんだった。がんになって試合から退いたら、とてつもなく落ち込んでしまった。
そこで何もやらずに落ち込んでいるより、「抗がん剤治療しながらファイターとして闘う姿を見せたい」と思うようになり、トレーニングを再開したそうです。すると、生きる力が再び湧いてきて先日も試合に勝ってました! 仕事とはとてつもなく大切なこと。前に向く力を得られるものでもあるんじゃないですかね。
僕は1回につき120時間×6回という大量抗がん剤投与だったので完全グロッキーでした。でも寝ていれば良かった。気分が悪ければ、「ピンポン」とナースコール。でも通院で治療を受けている方には、周りに迷惑をかけまいとして仕事している人もいるわけです。
それでも働くのは、その方が生きる力を得られるから。家に帰って子どもの顔を見ると「頑張んなきゃ」と思うと。でも若い母親のがん患者さんの場合、治療をしながら子育てや家事もやっている人もいます。そういう方と話す時、必ず言うのは「とにかく家で弱みを見せろ」ということ。
がん患者さんに「家族に対する思い」を聞くと、日本だけが突出して「申し訳ない」が多いそうなんです。だから我慢して働こうとする。「抗がん剤打ってきて、ごめんね」とひたすら頑張る。苦しいのに頑張る。それはダメ。ダメなら寝込んだ姿を見せなきゃダメです。そうすると家族は手伝うようになるから。「抗がん剤は大変なんだ」と共有しなきゃ、あの大変さは分かりませんからね。令和患者のキーワードは「我慢しない」です。