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香川照之主演『宮松と山下』 中越典子の一挙手一投足に感じる「震撼させられる」予兆

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

(c)2022『宮松と山下』製作委員会
(c)2022『宮松と山下』製作委員会

 今年の12月31日に43歳を迎える中越典子さん。2003年にNHK連続テレビ小説「こころ」のヒロインとしてブレイクしてから20年、プライベートでは2児の母になりました。そんな中越さんにとって久々の映画出演作は『宮松と山下』。不祥事が発覚した主演の香川照之さんにさまざまな意見がある中、映画ジャーナリストの関口裕子さんは共演の中越さんに注目しています。これまでのはつらつさと優しいイメージから少し変化したその存在感には、目が離せなくなるものがあるそうです。作品を通じてじっくりと解説していただきました。

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エキストラ専門の俳優・宮松を描く静かな映画『宮松と山下』

 自分とは何者なのか? そんな風に考えたこともない子どもの頃、他者(主に親)からのリアクションによって、自分が“良い子”であると感じたり、“悪い子”だと感じたりすることに戸惑ったことはないだろうか?

 内側から見ていると自分は変化していないのに、自分がその時に発信する言動によって外からの見られ方が変わっていく。それに気づく時期が青年期であり、「自分とは一体誰なのか?」と考え始めるわけだ。

 その結果、確立するのが「アイデンティティ(自我同一性)」といわれているが、果たして「自分とはこういう者である」と、確固たる感覚を持って言える人はどのくらいいるのだろうか?

 そんなことを考えたのは、関友太郎、平瀬謙太朗、佐藤雅彦が監督・脚本・編集し、香川照之が主演した静かな映画『宮松と山下』を観たせいだ。

 侍が1人、町家の瓦屋根が幾重にも折り重なる江戸時代の街並みを歩いていく。物陰から飛びかかってきた侍を数人斬り捨て、残りの数人に追われながら男はどこかに逃げていく。しばらくすると斬られた侍らは立ち上がり、別な衣装に着替え、また別なシチュエーションで1人の剣豪と斬り結ぶ。

 起き上がっては斬られ、斬られてはまた起き上がる。エキストラ専門の俳優・宮松(香川)はそんな集団の中の名もない1人を日々、演じ続けている。

漂流しているように見える宮松を現実につなぎ止める妹

(c)2022『宮松と山下』製作委員会
(c)2022『宮松と山下』製作委員会

 ある時は斬られ役の武士、ある時はヤクザの抗争で巻き添えを食う中華料理店の客、ある時はチンピラヤクザ、ある時はビアガーデンで同僚と楽しそうにビールを飲むサラリーマン。

 黙々と演じ、家に帰るとカップ焼きそばを食べながら、数ページだけのシナリオを几帳面に読み込む。観ているうちに映画の作りも相まって、どこまでが彼そのもので、どこまでが彼の演じるフィクションなのか、極めて曖昧になっていく。

 さらに混乱するのは、宮松は“宮松ではない”と分かるから。記憶を喪失した宮松は、気づいたら京都駅にいたのだという。以来、彼は宮松としてエキストラ専門俳優とロープウェイを動かす仕事をしながら、京都で生活してきた。本当の宮松は、タクシー運転手の山下だったのだ。

 宮松という男は与えられた要素によってさまざまに変貌してしまう。自己斉一性(常に一貫性のある自分であること)を失い、漂流しているように見える宮松。そんな彼を現実という岸辺につなぎ止めることに成功するのは、後半から登場する12歳年下の妹・藍(中越典子)だ。

 記憶を失くすこと、常に異なる他者を演じ続けることによって、アイデンティティを拡散させた宮松。にもかかわらず、藍はなぜ彼を再びつなぎ止めることができたのか?