カルチャー
戸田恵梨香が「理解し難い」女性に挑む 目の輝きを失っていく姿が衝撃的な『母性』
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戸田が「本作はすごく大変だった」と語った理由とは
戸田と永野のコンビを、我々は先に警察コメディ「ハコヅメ〜たたかう!交番女子〜」(2021・日本テレビ)で楽しんだ。派出所勤務の新人警官の成長を、永野は軽快に笑いに転じさせた。対する戸田は、ある秘密を抱えながらも後輩の成長を見守る元“やり手”刑事の警官を絶妙な呼吸で演じて、人気を呼んだ。
打って変わってシリアスな本作。撮影順番は『母性』の方が先であったため、永野は「ハコヅメ」の撮影を心から楽しむことができたと言っている。本作の永野は母から愛されていないと感じているものの、事態を客観的に見ることができる娘役。家族が間違っていると感じれば、おかしな部分に切り込んでいく“勇気”も持っている。
大変だったのはたぶん戸田だろう。「コード・ブルー -ドクターヘリ緊急救命-」シリーズ(フジテレビ系)、「SPEC〜警視庁公安部公安第五課 未詳事件特別対策係事件簿〜」シリーズ(TBS系)、「大恋愛〜僕を忘れる君と」(2018・TBS系)などの大ヒットドラマで演じた役には、どれも自分との共通点を見つけられたと語っていた戸田。そんな彼女の醸す、ある種の“強さ”に我々は魅了されてきた。
そんな戸田にとってルミ子は初の「理解し難く、共感性の薄い女性」の役。「どんな役でも演じることに難しさを感じることはなく、作品に私生活を引っ張られることもないんですが、理解できないと具体化することができないため、時間が必要になるんです。そこには繊細な作業も必要なので、本作はすごく大変でした」と語っている。
これまでの戸田は、コミカルでも、シリアスでも、どんな役にも視聴者が共感点を見つけだせるよう人物造形できた。だからこそ、その接点を見出せないルミ子役は大変だったと思う。母親依存から抜け出せず、現実と妄想のあわいに陥り、目の輝きを失っていくルミ子、いや戸田の姿になおさら我々は衝撃を受けるのだ。
キャスティングはその衝撃も計算の上なのだと思うが、演じる戸田のメンタルは相当なダメージを受けたのではないか? しかも演じるのは大学生から50代くらいまでのルミ子だ。母性とは何かを考えるところまでたどり着くだけでも、極めてつらかったと思う。
重いテーマを演じ切った戸田 ファンなら観ずにはいられない作品に
湊も言うように「女性だからといって子どもを産めば、必ずしも母性が芽生えるわけではない」。是枝裕和監督の『そして父になる』(2013)は、子どもの取り違え事件を経てやっと親の自覚を得た男性の話だが、母親だって生んだだけで母性が湧くわけではない。そこはぜひとも勘違いしてほしくないところだ。
自分はどう思うかはさておきとして、戸田も「母性が芽生えない女性がいたとしてもリアルだと思います」と言う。「そういう現実を前に、もしかすると自死を選ぶ人もいるとしたら、本作がその選択を回避するきっかけになったり、何か救いとなるといいなと思います」と重いテーマを演じ切ったことを前向きに吹っ切ろうとする。
先に行われた東京国際映画祭のレッドカーペットに、永野、廣木監督とともにスタイリッシュなドレスで登場した戸田。ずっと走り続けたので「少し疲れました」と語る。好きなダイビングにも新型コロナウイルスの影響でなかなか行けない日々だという。
この映画を観ると、大切で大好きだという家族、お寿司、自分の時間を満喫して、ぜひ心落ち着くまで休んでほしいものだと思わせられる。演じる者のメンタルをえぐりながら完成した“イヤミス”の映画化。大地真央、高畑淳子の突き抜けた演技も話題になるはず。イヤミス・ファンなら観ずにはいられない出来だと思う。
『母性』大ヒット上映中 配給:ワーナー・ブラザース映画 (C)2022映画「母性」製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。