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一生に対して“果敢”に挑む有村架純 『月の満ち欠け』で彷彿とさせる往年の名俳優とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

有村に“高峰秀子”を感じた理由 一生に対して“果敢”に挑む現在

 近年の有村は、表現の難しい役に怯まずにチャレンジしている。映画『前科者』(2022)で演じた保護司、ドラマ「中学聖日記」(2018・TBS)の教え子と恋に落ちる教師、「石子と羽男-そんなコトで訴えます?-」(2022・TBS)の司法試験を落ち続けるパラリーガルなど。

 本作で演じる大学生の三角と恋に落ちる人妻の瑠璃もそうだ。先述したように、『乱れる』で高峰秀子が演じた礼子を彷彿とさせる。なぜそう感じたかというと、有村のセリフでは描かれない表情や体の動かし方、声のトーンを使った演技のせいなのだと思う。

 戦争で夫を亡くした礼子と、義理の弟(加山雄三)の望まれない恋の話。高度経済成長の功罪、戦争で失った生きる権利の復活、そこに義理の姉弟の恋愛を重ねた。しかも当時、人気絶頂だった27歳の加山雄三との悲恋もの。一歩間違えば大ブーイングを起こしかねない難しさがあったが、40歳の高峰は抗いがたい人の業というものを表現し、観客を納得させた。

(c)2022『月の満ち欠け』製作委員会
(c)2022『月の満ち欠け』製作委員会

 来年30歳になる有村はかなり若いものの、もはやそれを感じるのだ。最近の作品選びのポイントは「ちょっと無理をしてでも、挑戦すれば乗り越えられるかもしれない」なのだという有村。挑戦はする、でも限界値を超えそうなものには手を出さない。クリアできるギリギリのラインを見極める。作品選択に自身が参加することも増えたそうだ。

 自分の直感に従って選択し、「どうしてそれを選んだかを説得力のある説明できるように、考える時間を作るようにしている」のだそう。良い作品を作るためには、周囲の理解が必要であり、理解があって初めて多くの協力を得ることができる。そのことを体得したのだろう。

 生きるということは選択の連続だ。何を選ぶかは自分が培ってきた感覚を信用するしかない。ノーベル文学賞作家のオクタビオ・パスがいうように、「生きることは、常にえたいの知れない未来に我々が入り込むために、過去の自分と別れることである」(「孤独の迷宮 メキシコの文化と歴史」法政大学出版局刊)のだから。

 出会いと別れの連続で構成される人の一生は、どのような選択ができるかによって変わっていく。「我々の一生は、生まれることと死ぬことの間で通過する」(オクタビオ・パス)もの。その一生に対して“果敢”に挑む現在の有村の生き方とその仕事を見ていると、感化され、奮い立たされる。

80年代に青春を謳歌した世代が胸を高鳴らせる記号も

 この映画のターゲットは若い世代だけではない。80年代に青春を謳歌した世代の現在形として、もう1人の“瑠璃”の親となる小山内と梢の大人の恋愛も描かれ、その世代が胸を高鳴らせる記号もたくさん散りばめられる。「Woman」などジョン・レノンの曲が鳴り響き続けたあの日の描写、携帯電話などなく一度離れてしまえば再会が困難だった描写もそうだ。

 この作品の原作者・佐藤正午は、『月の満ち欠け』のことなどを編集者と語り合った「書くインタビュー5」(小学館文庫)で、そんな世代に優しい言葉を送ってくれている。過分なストレスなくても忘れることが多くなった(我々)世代に。最後はその言葉で締めたい。こう考えると元気になれる、とても(都合の)良い言葉だ。

「言い方を換えれば、言葉をたくさん覚えたひとに(だけ)言葉のど忘れは起きる。若いひとは記憶力がいいんじゃなくて、忘れるほど言葉を記憶していない」。

『月の満ち欠け』大ヒット上映中 配給:松竹株式会社 (c)2022『月の満ち欠け』製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。