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『男はつらいよ』はなぜ正月に観たくなるのか? 令和だからこそ観たい寅さん映画4選
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「帝釈天で産湯を使い、姓は車、名は寅次郎。人呼んでフーテンの寅と発します」。この口上で、寅さんの顔が完璧に思い浮かぶという人は多いでしょう。山田洋次監督、渥美清さん主演の超有名シリーズといえば『男はつらいよ』。今も熱心なファンが多いこのシリーズは、2022年にフランスで海外初の全50作上映が行われるなど、実はまだまだ“現役”です。「子どもの頃からあったな」と身近すぎて見過ごしがちな作品ですが、第1作の公開から50年以上が経っても愛される理由はたくさん。いろいろと気ぜわしい令和の時代だからこそ、じっくりのんびりと見返したくなるシリーズでしょう。映画ジャーナリストの関口裕子さんに、おすすめ寅さん映画4本を紹介していただきました。
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日本各地で撮影 どの舞台でも懐かしさを感じる人情喜劇
1971年の第8作『男はつらいよ 寅次郎恋歌』までは、年に3本公開されることもあった『男はつらいよ』シリーズ。例外はあるものの、1972年から1989年までは夏と冬2回公開され、お盆や正月の休みに家族で観にいく映画でもあった。
説明するまでもないが、シリーズの主人公は16歳の時(諸説あり)、父親とケンカをして飛び出して以来20年ぶりに柴又(東京都葛飾区)に戻ってきた渡世人・車寅次郎(渥美清)。お寺の参道で草団子屋「とらや」(後半は「くるまや」)を営むおいちゃん(森川信、松村達雄、下条正巳)、おばちゃん(三崎千恵子)、そして妹のさくら(倍賞千恵子)らと織りなす、山田洋次監督の人情喜劇だ。
もはや形骸化した「正月映画」という言い方だが、それでも正月になると『男はつらいよ』を観たくなる。その理由の一つは日本各地でロケが行われているからなのだと思う。郷里に帰ることなくその気分を味わえるというか、どこで撮影されたというエピソードからも、なぜか懐かしさを感じるのだ。
東尋坊の公園で遊ぶ寅次郎とマドンナ 『男はつらいよ 柴又慕情』
第9作『男はつらいよ 柴又慕情』(1972)では、金沢で同じ旅館になった若い女性たちと、東尋坊(福井県坂井市)で遊ぶ寅次郎。その一人が吉永小百合演じる歌子。作品ごとに設定される、いわゆるマドンナだ。
この作品では、東尋坊の公園で屈託なく転げ回る吉永を見ることができる。女性たちは「ディスカバージャパンか」などとJRが行ったキャンペーンのキャッチフレーズを口にする。山陽新幹線が岡山まで開通した年。そういった時代背景がきっちり描かれるところにも、ありし時代への郷愁をかき立てられる。
柴又帝釈天の山門に作られたツバメの巣。しばらくツバメが戻ってこないのを見届けた御前様が取り外そうとするのを、帰ってきた時に家がないとかわいそうだとさくらが制止する。このやりとりは「とらや」に帰ってきた寅次郎の部屋が貸し出されているというエピソードにつながる。『男はつらいよ』に満ちる、「帰ってくる」「待っている」という空気もまた郷愁を誘う。
変わっていく風景と、変わらない風景 『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』
『男はつらいよ』シリーズには、たびたび駅や電車が登場し、旅情をかき立てる。長めの休みに味わいたい旅情。これも正月に見たくなる理由の1つかもしれない。
第33作『男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎』(1984)で登場するのは、根室本線の釧路。釧路駅にはこの回のマドンナ・風子(中原理恵)も降り立ち、仕事を探して訪ねた床屋で寅次郎と会う。
山田洋次監督は、『幸福の黄色いハンカチ』(1977)でも釧路駅前でロケをしている。失恋して自棄になった花田欽也(武田鉄矢)は、購入した赤いファミリアごとフェリーに乗り込み、降り立つのが釧路。『夜霧にむせぶ寅次郎』の釧路駅前もそうだが、山田監督が定点観測的に見せてくれる風景には、さまざま考えさせられる。
根室本線の駅では茶内駅も登場する。そこから逃げた妻を探しに来たという男(佐藤B作)に付き合い、駅前でタクシーを捕まえ霧多布方面へ。気分は旅人、旅に出たいという気持ちをあおられる。
『男はつらいよ』に登場する風景は、いわゆる“観光地”ではなく、その土地の素顔だ。例えば『夜霧にむせぶ寅次郎』には、『男はつらいよ 柴又慕情』『男はつらいよ 寅次郎夢枕』(ともに1972)以来12年ぶりの再会となる登(秋野太作)が結婚して妻と営む食堂が登場する。
場所は、岩手県盛岡市を流れる中津川の中の橋近く。食堂の隣は釣り道具を売る店。向かい側には岩手県民会館。橋のたもとには古本屋。それらは現在も変わらずそこにある。ぶらぶら町を歩いて、映画で見た景色に出合うことができるのだ。それもまた嬉しい。変わっていく風景と、変わらない風景。『男はつらいよ』シリーズではそのどちらにも出合うことができる。