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2023年も要注目の三浦透子 新作『とべない風船』で“車を運転しない”理由とは
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一番知りたい答えを持っている存在だが…子は親のことをよく知らない?
凛子の旅は、親の人生を共有する旅でもあった。大学を卒業してすぐに東京の学校に教師として就職し、多忙な日々を過ごすことになっただろう凛子が、自分しか見えなくても仕方のないこと。挫折によって走れなくなり、初めて周りを見ることができたのだろう。
現実的には、多くの人が走り続ける中で親を亡くし、自分も子どもに何も伝えることができず、世代交代していく。でも灯台もと暗し。実は一番知りたい答えを持っているのは、自分と似ている親こそなのかもしれない。
子は親のことをよく知らないものなのかもと思った時、亡くなった映画人の葬儀の場でのことを思い出した。編集者という仕事は、人の日常と並走することが多い。その対象者が亡くなった時は葬儀や偲ぶ会の準備をすることも。そうした場での打ち合わせ時、亡くなった方の印象がご家族と食い違うことがままあった。
故人が仕事を家に持ち込まないようにしたためか、家族には“仕事”や“考え方”の話をするきっかけがなかったのかもしれない。でももし家族から問われたとしたら、インタビュアーが問う以上に詳しく伝えた可能性はある。これは作家やアーティスト、パフォーマー親子に限らないだろう。我々もたぶんよく知らないまま親を見送っているのだと思う。
一切の乗り物を運転しない役 あえての演出に強いメッセージ性も
挫折した凛子が親元を訪ねる選択をしたのは、そういう意味でも大正解だった。繁三は、妻と2人で暮らすのに最適な場所としてこの地を選んだのだろうが、凛子の身に何かあった時に受け入れる場所としても、この島のありようを好ましく思ったのではないか。
最初は“お客様”であった凛子が、徐々に島になじんでいったからだ。東京とは異なる時間の流れを感じる島で、凛子は人と出会い、切磋琢磨し、自分自身と向き合う。その上でやっと父に弱みを見せられるようになる。とはいえ、繁三もまた弱みを見せることに不器用な人物であるようなので、似たもの親子なのだと思う。
ようやく父に質問できる境地に至った凛子が、ぽつりとこぼすこの言葉が印象に残った。「もっと早く聞けば良かった」。そんなものなのだ。人は1人では生きられない。でもなかなかそれを認めることができない。自分の弱さを受け入れるのには時間がかかるのだ。
そんな凛子の成長を表すのに用いたのだろうと思われる設定がある。小島家には車がないという設定だ。だから凛子は、人に運転してもらわなければ遠くに行くことができない。
島に渡る船にしろ、車にしろ、凛子は一切の乗り物を運転しない。だから目的地に向かうには、人のアシストが必要になる。最初お客様然として乗っているが、後半は、意志を持って運転してもらうことを乞うようになる。“名ドライバー”を演じた三浦に運転させないという演出を試みたことに強いメッセージを感じた。
豪雨災害、高齢化…複数テーマを織り交ぜたドラマに大きく貢献
三浦はこう言っている。撮影中ずっとこの作品に関わる人々の「広島という場所への愛を感じ続けていました。その愛ゆえの優しさを受けて生まれた一瞬が、映像の中にたくさん詰まっていると思います」。
豪雨災害を風化させないという思いから始まったこの作品に描かれるのは、それだけではない。この映画のベースには逼迫する主産業としての漁業、そして高齢化などの問題なども置かれている。それらのテーマを物語から切り離すことなく、一つの人間ドラマとして成立させることに、三浦透子の存在感は大きく貢献していたと思う。
三浦の言う“優しさ”とは、たぶん島々が折り重なって作り上げる多島美からの“癒やし”でも、べたべたした人間関係でもない。むしろ逃げずに生きようとする“厳しさ”からにじみ出るもの。そう考えるのが一番自然なのではないか。その答えは、大切な家族を失った憲二が、それでもなお島で暮らしていきたいと思う理由にも描かれているように感じた。
『とべない風船』2023年1月6日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷、アップリンク吉祥寺、MOVIX昭島ほか全国順次ロードショー 配給:マジックアワー (c)buzzCrow Inc.
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。