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日本映画は「多様性」を描いているか? 役所広司主演『ファミリア』に聞こえる変化の音

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

エリカ(ワケド・ファジレ、左)とマルコス(サガエ・ルカス)(c)2022「ファミリア」製作委員会
エリカ(ワケド・ファジレ、左)とマルコス(サガエ・ルカス)(c)2022「ファミリア」製作委員会

 テレビのワイドショーやバラエティでは、海外出身のタレントやジャーナリストたちが毎日のように出演しています。ただしその一方で、ドラマや映画に“隣人役”などで出演している海外出身者はぐんと少なくなるといえるでしょう。「多様性」が叫ばれているものの、そうした社会を背景にした作品はまだあまり多くないのだとか。役所広司さん主演の『ファミリア』は、国籍や生まれ育ちの違う人々を通じて「家族」というテーマを描く作品。映画ジャーナリストの関口裕子さんは、この作品に出演するワケド・ファジレ(英語表記はFadile Waked)さんを海外出身俳優“2023年の注目株”に挙げます。じっくりと解説していただきました。

 ◇ ◇ ◇

日本で活躍する海外出身の“俳優” さほど多くないのはなぜ?

「多様性」という言葉で、他者に寛容である世界の実現が世界中で叫ばれている。日本ではどうだろうか。映画の世界では、現実の日本が示す通りの“多様な社会”が描かれる作品はあまり多くない。日本で活躍する海外出身の“俳優”がさほど多くないのは、そんな事情があるからなのかもしれない。

 近年ではNHK連続テレビ小説「マッサン」(2014~2015)でヒロインのエリーを演じたシャーロット・ケイト・フォックスがいる。米国を拠点にキャリアをスタートさせた彼女は、「マッサン」を機に日本での仕事がメインになっていった。NHK大河ドラマ「いだてん~東京オリムピック噺~」(2019)では、ストックホルム五輪日本選手団監督を務めた大森兵蔵(竹野内豊)の妻・安仁子役で出演するなど、現在も日本での活動を継続している。

 2022年の注目作、川和田恵真監督『マイスモールランド』で、ヒロインをサポートするクルド人のロナヒを演じたサヘル・ローズもいる。彼女には2005年にインタビューしたことがある。イラン・イラク戦争で両親を亡くし、養母とともに8歳の時に来日した彼女は当時20歳。J-WAVEのリポーターとしてさまざまな可能性を模索する大学生だった。

 ちなみに、彼女に登場してもらったのは「機動戦士ガンダム」特集を行った2005年の「キネマ旬報」11月下旬号。「ガンダム」からは「女性でも強くていいし、ボーイッシュでいいことを教えてもらった」と語っていた。

 昨年の公開作では、高橋伴明監督『夜明けまでバス停で』で、突然解雇される居酒屋の店員の1人マリアを演じたルビー・モレノもいる。1993年に崔洋一監督『月はどっちに出ている』のコニー役で主演女優賞を総なめ。スキャンダルで話題になることもあったが、その表情は波乱の人生を経てきたであろうマリアの背景を補うことに貢献していた。

オーディションを勝ち抜いたファジレ 2023年の注目俳優

 2023年の注目はワケド・ファジレだ。役所広司主演、成島出監督『ファミリア』で、在日ブラジル人が多い団地に住むエリカを演じた。

 里山にある工房で陶器作りを生業とする職人の神谷誠治(役所)と、エンジニアとしてアルジェリアに赴任している息子の学(吉沢亮)、学の妻で紛争孤児だった同僚のナディア(アリまらい果)。それぞれの立場から「幸福とは何か?」を見つめる社会派ドラマだ。

 誠治の工房の近くには、ブラジルからの移民家族が多く住む団地がある。同国の文化を色濃く反映したコミュニティが形成され、独特な空気感を持つ団地が。誠治にとって、もう一つの家族のような存在になっていく、建設現場で働くブラジル人青年マルコス(サガエ・ルカス)や、クラブで働く恋人のエリカ(ワケド)らが暮らすのもその団地だ。

(c)2022「ファミリア」製作委員会
(c)2022「ファミリア」製作委員会

 誠治とマルコス、エリカはこんな風に出会う。半グレ集団に目をつけられ、大怪我をして工房へ逃げ込んできたマルコスを、誠治が匿ったのだ。初対面のマルコスの態度はとても“好印象”を抱けるようなものではなかったが、これを機に誠治、マルコス、エリカの間に、友情とも、家族愛ともつかない感情が芽生えていく。

 その関係性を築くのに一役買ったのはエリカだ。不器用な誠治とマルコス、2人の間で、彼らの感情をそれぞれ相手に届けるメッセンジャーのような役割を果たした。追われているマルコスはすべてに疑心暗鬼。誠治に礼を言うこともできない“子ども”だったマルコスに、きちんとお礼を伝えるよう説得し、背中を押すのがエリカだった。

 そんなエリカも、マルコスの恋人であることを半グレ集団のリーダー・榎本海斗(MIYAVI)に気づかれてしまう。そして、マルコスにドラッグの売人をさせるための“ウィークポイント”として、海斗に目星をつけられ、嫌がらせを受けるようになる。

 ただしエリカは“暴力”の言いなりにはならない。勤めているクラブで嫌がらせをしてくる半グレらに、はっきりと「NO」を告げる。どんな状況にも屈しないエリカの姿に、声に出して「NO」と言わなければ、物事はずるずる引っ張られてしまうということを、我々は改めて思い知らされる。

 この時のワケドが醸す、人としての弱さと強さの加減がとてもいい。ただし彼女は、演技がほぼ初めて。オーディションを勝ち抜き、エリカ役を手にしたのだという。