“現実社会の息苦しさから逸脱する役”も印象的な黒木

　子どもの頃から演劇に興味を持ち、高校演劇界の名門校として知られる追手門学院高等学校に進学し、演劇部に所属。図抜けた表現力を3年間、ほぼ主役という実績で示した。京都造形芸術大学芸術学部映画学科俳優コースでは、林海象監督、東陽一監督らに師事。

　在学中の2009年、野田秀樹のワークショップに参加し、10年にNODA・MAP番外公演「表に出ろいっ！」で俳優デビューを飾った。その後も、数々の舞台に参加。15年の本広克之監督の映画『幕が上がる』で演じた演劇部の顧問役は、演劇にルーツを持つ黒木自身を彷彿とさせる役でもあった。

　14年、山田洋次監督『小さいおうち』で、第64回ベルリン国際映画祭の銀熊賞（最優秀女優賞）を受賞。一躍、世界の舞台へと躍り出る。15年には同じく山田監督の『母と暮せば』で国内の映画賞で助演女優賞を総なめに。岩井俊二監督『リップヴァンウィンクルの花嫁』（2016）の初主演では、映画の主演者としての面目躍如を果たした。

　ドラマでは、漫画雑誌の新米編集者を演じた「重版出来！」（2016・TBS系）、会社員生活を“お暇（いとま）”した天然パーマの凪を演じた「凪のお暇」（2019・TBS系）、ネットニュースの硬派な編集長を演じた「ゴシップ #彼女が知りたい本当の〇〇」（2022・CX系）などアナーキーな役も印象的だ。

　どれも何らかのきっかけで現実社会の息苦しさから逸脱するキャラクター。そんな役が強く印象に残る黒木だから、彼女が出演することによって「きっとここで描かれる困難な問題にも風穴が開けられるだろう」と期待してしまうのかもしれない。

「今この立場にいる意味を考える」という映画版のサブテーマ

　黒木にとって、演じる面白さとは、「役柄を通して人間についていろいろと知ることができる」ことなのだそう。たぶん黒木の演じる役が期待を裏切らないのは、常に“本気”で“人間を知ろう”とする取り組み方のせいなのだと思う。

　映画『イチケイのカラス』の坂間もそうなのかもしれない。現在公開中の映画版では、坂間は裁判官の最初の10年のうちの2年間で行う「他職経験制度」によって、岡山県日尾美町で弁護士として活動中。みちおは地方都市・秋名市の裁判所に異動させられている。たぶんそれはドラマ版の最後で“権力”に逆らったため。そんな風に受け取れる。でもそんな彼の異動先が、坂間の弁護士事務所のある日尾美町の隣町なのはご愛敬だ。

　ドラマ版では同じ裁判官という立場であった坂間とみちおが、映画版では弁護士と裁判官と異なる立場でものごとを考えるようになる。そう設定したのにも大きな意味があるように感じた。

　人は自分が置かれた立場によってあずかれる恩恵を、当然のように思いがちだ。また自分の会社が、またその会社内でのポジションのバリューが、自分の価値だと勘違いすることもある。そんな勘違いへの牽制、そして「今この立場にいる意味を考える」というサブテーマが映画版にはあるのではないかと感じた。

「みんなにとって良い方法」は見つかるか？　ラストへの道筋はスリリング　

　みちおは裁判官として海難事故を起こした貨物船の責任を問う裁判、坂間は弁護士として車をぶつけて街角にある桃の巨大オブジェを壊した女性の弁護を担当。異なる立場から2人が臨んだ事件は、やがて接点を持つようになる。

　テーマとして描かれるのは、地方都市の一大産業が抱える問題。町民の大多数が関連する仕事に従事している町で起きた善悪では語れない複雑な問題に、法廷に立ったみちおは「みんなにとって良い方法を見つけましょう」と語り掛ける。どう解決していくのか？　解決できるのか？　想像を超えたラストへの道筋はスリリングだ。

　黒木は前述のみちおの言葉について、「きれいごとに聞こえるかもしれませんが、法律家として大切にしなければいけない本質」だと述べている。それを聞いて思ったのは、きれいごとでも何でも大切なことは「声に出して言うべき」だということ。裁判所が見つけようとするものが「みんなにとって良い方法」だという基本が共有できているからこそ、道を誤りそうになっても多くの人が立ち返ることができるのだと思う。

　坂間とみちおは正反対に見えて似ているのかもしれない。経験を積んだ坂間は、みちお以上の食わせ者の裁判官になるのではないか。それこそ映画版の思うつぼなのだが、今度は裁判官の立場から「みんなにとって良い方法を見つけましょう」と言う“坂間”が見てみたいと思った。

『イチケイのカラス』全国東宝系にてロードショー公開中　配給：東宝　（C）浅見理都/講談社　（C）2023 フジテレビジョン 東宝 研音 講談社 FNS27社

（関口 裕子）