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ただの“不倫モノ”にしない黒木華の演技力 夫婦とは何かを考えさせる漫画家夫婦の物語

著者:関口 裕子

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(c)2021『先生、私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会
(c)2021『先生、私の隣に座っていただけませんか?』製作委員会

 3月に31歳を迎えた黒木華さんは、高校と大学で“演じること”と徹底的に向き合った経験を持っています。そしてまず舞台で認められ、映像へ進出。2012年度のNHK連続テレビ小説(朝ドラ)「純と愛」でヒロインの同期社員役で注目を集めた後は、多くの俳優が憧れる山田洋次監督作品への出演や国内外の映画賞受賞など、若手演技派の1人としてキャリアを重ねてきました。そうした圧倒的な演技力は、映画最新作『先生、私の隣に座っていただけませんか?』でも発揮されているようです。映画ジャーナリストの関口裕子さんに解説していただきました。

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サスペンス、人間ドラマ、コメディ…多面性ある“不倫モノ”

「私、何やっているんだろう……」。何かの拍子にはたと気付く。大抵は客観性を失い、視野が狭くなっている時。傍から見ればかなり格好の悪い事態だろう。ここで我に返れただけでもありがたい。もう一歩突き進んだら……。いや、考えるのはよそう。

 夫の“不倫”をきっかけに、そんな“体裁の悪い”状況に突入した結婚5年目の漫画家夫婦を描く『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(堀江貴大監督・脚本)。主演は黒木華と柄本佑だ。

 結婚以来、漫画が描けなくなっている夫・俊夫(柄本)は、同じく漫画家である妻の佐和子(黒木)を公私ともにアシストしながら、佐和子の担当編集者・千佳(奈緒)と不倫中。その事実を知ってか知らずか、ある日佐和子は現実をそのまま写したかのような不倫漫画を描き始める。読者はまだ盗み読みしている俊夫だけ。漫画の展開に恐怖を感じながら読み進めると、何と佐和子にも不倫相手が現れ、俊夫の心はざわつく……。

 佐和子が不倫漫画を描くのは夫への復讐なのか? 夫婦が新しい未来へ踏み出すための仕掛けなのか? 不倫をモチーフにした映画が、サスペンスとも、人間ドラマとも、コメディとも受け取れるのは、たぶん黒木が演じているからだ。

演劇のために選択した高校と大学 カジュアルな生活は現在も変わらず

2014年2月、ベルリン国際映画祭で山田洋次監督と【写真:Getty Images】
2014年2月、ベルリン国際映画祭で山田洋次監督と【写真:Getty Images】

 黒木の演技力は、京都造形芸術大学(現・京都芸術大学)の映画学科で学んでいた頃から注目されていた。同大学と映画学科が取り組む劇場公開を目指す映画製作プロジェクト「北白川派」の話題では、必ず黒木の名前が挙がるほどだった。

 黒木は中学生の時に参加したミュージカルで演じることに開眼。物静かな子どもだったが、演技に寄せる思いには並々ならぬものがあった。演劇を学ぶために、年間何公演も行い大会でも好成績を残す演劇部がある高校に進学。3年間、練習に明け暮れ、他の部員とは一線を画すと言われる表現力を発揮した。黒木が、高校演劇部の顧問役を演じた『幕が上がる』(2015)からは、そんな彼女の高校時代の様子がほの見えるような気がする。

 女優デビューは大学在学中の2010年。先輩に背中を押され、憧れの演劇人であった野田秀樹のワークショップに参加したことをきっかけに、NODA・MAP番外公演『表に出ろいっ!』のオーディションを受けてヒロイン役を勝ち取った。

 以来、舞台をメインに映画やドラマにも出演。数々の作品で黒木の名は“発見”という言葉とともに語られるようになる。

 転機となったのは山田洋次監督の『小さいおうち』(2014)だ。第二次大戦前後、元女中のタキ(黒木)が奉公していた平井家のことを回想する形で描かれたこの作品で、黒木はベルリン国際映画祭の銀熊賞(最優秀女優賞)を受賞した。山田監督作品では『母と暮せば』(2015)にも出演し、多くの賞を受賞している。

 現在はデビューから10年を超え、順調にキャリアを重ねているが、素顔はそのまま。家ではTシャツと短パンで過ごすというカジュアルな生活も変わらない。俳優としての評価は高くなり、忙しくなっても悩みはあった。

 2016年は大河ドラマ「真田丸」(NHK)、「重版出来!」(TBS)、『リップヴァンウィンクルの花嫁』、『永い言い訳』、『海賊とよばれた男』と、間断なく仕事は続いたが、「この仕事に向いていないのではないか?」と感じたという。

 売れっ子という言葉で片付けてしまえば簡単だが、一つひとつの作品に真摯に向き合うのが黒木の仕事のスタンス。「こなす」のであればやる意味がない。そう考えたのではないか。