カルチャー
『レジェント&バタフライ』綾瀬はるかの見どころは? 演じた濃姫とダブる部分も
公開日: / 更新日:
アクションも魅力的な綾瀬 木村と2人でのシーンも
それにしても綾瀬のアクションの魅力的なこと。バスケ部で活躍し、体育の成績は10だったという綾瀬にとって、アクションは得意分野なのだろう。大河ファンタジー「精霊の守(も)り人」(NHK・2016~18)で短槍使いのバルサを演じた時は、毎日腹筋30回を5セット、腕立て伏せ200回の筋トレを続けたそうだ。
このアクションシーンも、リアルさにこだわる大友監督のこと、容赦ない演出がなされたに違いない。本作ではアクションができることを前提に、濃姫を演じる準備として大友監督から「男勝りで聡明でいて姫なので、武術、茶道、そういったものを何でも一通り完璧にできる人であってください」とリクエストされたという。文化面の素養を見せるシーンはほぼないが、例えば文机に向かう佇まいで綾瀬はそれを感じさせる。
2人にはもう一つ重要なアクションシーンが用意されている。身分を隠して京の街に出て、市(いち)ですられた財布を追った彼らが貧民窟での戦闘に巻き込まれるシーンだ。ここでは刃物を使ったアクションを行う。襲いかかってくる者に血まみれになって応戦し、濃姫はこの時、初めて人を斬る。
大友監督がこのシーンを用意したのは、信長と濃姫それぞれが未来への見解を変えるポイントにしたかったからではないか。自分の手で皮膚を切り裂き、人の中に流れる血を見た2人は、この後、衝動的に互いを求める。
突然始まる激しいラブシーンによって2人は交わるが、ここを交点に離れていくのだと感じた。濃姫は生を、信長は死を受け入れ、正反対の方向へと舵を切っていくのだと。信長はここで、もはや自分の意思で引くことは許されなくなった天下取りの運命を受け入れたのだろう。
プライドや自信、余計な欲をどれだけ捨てられるかが最近のテーマ
俳優としての綾瀬の魅力は、どんなに破天荒な設定の役柄を演じても、実際に存在するかのように演じられるところだ。昨年ではドラマ「元彼の遺言状」(フジテレビ系・2022)で演じた貪欲な弁護士役も、『はい、泳げません』(2022)の水泳コーチ役もそうだった。
デビューの頃からよく、スタッフや共演者は撮影現場での彼女のありようを“天然”だと褒めた。番組の宣伝などで綾瀬が出演するバラエティ番組を見た方もそれに同意するだろう。たぶん彼女は、目指すべきもの以外には目が行きにくいのだ。同じ空間にいても綾瀬は別なものを見ていると感じたこともある。ある種の集中力とでもいおうか。
でもこれは本番の雰囲気に飲まれず“演じる”という仕事を担う上で、とても重要な気質なのだと思う。綾瀬は「緊張しい」だという。自分を緊張させるのは、「プライドや自信、余計な欲」だと。そういったものをどれだけ捨てられるかが、ここ最近のテーマなのだという。
本作の撮影では、東映株式会社京都撮影所の衣装部に勤務する70代の女性スタッフにも影響を受けたそうだ。キャリアを積むと普通、人は強くなっていくが、そのスタッフは柔らかさと隙を見せることで周りをホッとさせた。「こういう人になりたい」と思ったというが、綾瀬はすでにそれを兼ね備えているように思う。
「みんな命を削るようにして丹精込めて作っている。だから妥協はしたくない」と仕事に臨みながらも、一方で天然という誰もがアクセスできる隙(余地)を持ち、周りを落ち着かせる。
そんな姿が本作で描かれる濃姫とダブる。妥協することなく生き、策士として信長のそばに仕え、強く、明るい。でも自分自身を大事にする、自愛という点では隙がある。その隙こそが綾瀬と似ているのではないかと。『レジェンド&バタフライ』の面白さは、そんな綾瀬が濃姫を演じているところにあるのかもしれない。
『レジェンド&バタフライ』全国公開中 配給:東映 (c)2023『THE LEGEND & BUTTERFLY』製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。