仕事・人生
在宅医療を希望する死期が迫った夫 躊躇する妻を変えた驚きの行動とは
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4回にわたりお届けする、終末期患者と家族の向き合い方について。東京医療保健大学の櫻井智穂子准教授は、看護師として臨床の現場から多くの人の最期を見つめ、その後、終末期に関わる本人やその家族の意思決定に関する研究を長年続けてきた。3回目の今回は、櫻井准教授の心に残る、家族の物語を聞いた。
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在宅療養を懇願する余命わずかな夫 反対する妻
櫻井氏が研究中に出会ったAさんは、余命宣告をされた夫を持つ当時60代の女性だった。Aさんはとても大らかな人で、家庭も裕福。ふわふわとした雰囲気を持つ、“上品な奥様”といった印象だったという。
その時、Aさんの夫の病状は深刻で、医師から治療を続けてもこれ以上の効果は見込めない、※緩和ケアを始めたほうがいいと薦められていたそうだ。そんなとき、櫻井准教授がAさんと病棟の廊下ですれ違うと、呼び止められ立ち話が始まったという。
「Aさんは『(夫の余命が)あと3か月って言われちゃったのよ』と、まるで他人事のように軽くお話をされました。恐らくその時はまだあまり現実味がなかったのと、割と客観的に受けとめているのかなと感じました」
夫の重篤な病状を聞いても、あまり実感が沸いていなかった様子のAさん。櫻井准教授は、余命宣告をされてもなお、どこかのんびりとした様子のAさんのことが気になっていた。ところが、Aさんの様子に大きな変化が現れたのは、夫が緩和ケア病棟に入院をしてからだったそうだ。
緩和ケア病棟に入院したとき、Aさんの夫はまだ自分で身の回りのことができる状態で、意識もしっかりとしていた。しかし、徐々に悪化していく身体と比例するように、周囲の患者達が順々に亡くなっていく。その状況を目の当たりにし、Aさんの夫は「緩和ケア病棟にいたくない。やっぱり家に帰りたい」と言うようになったという。
死を間近にした夫から退院を懇願されたAさんだったが、首を縦には振らなかった。夫はどうにか帰れるよう頼むが、Aさんには終末期の夫の面倒をみていく自信がなかったのだ。何度となく帰りたいと主張する夫に対し、Aさんは「無理よ」と反対し続けた。
そんなある日、櫻井准教授がたまたま病棟を訪ねると、Aさんと夫、そして息子の3人が言い争いをしているところに出くわしたという。
「息子さんはご主人の味方で、ご主人と息子さん対Aさんの構図でした。Aさんは『みんな私の気持ちなんてわかってないのね』と、意見は真っ向から対立。言い争いは続きましたが、最終的にはAさんが折れる形で一時退院することになりました」
反対を続けていたAさんに対し、病院側も在宅医療でのサポート体制をしっかりと説明。まだ元気なうちにということでAさんの夫は一度帰宅することができたのだ。その際、Aさんは最後まで、「もし本当に悪くなったら自信がないからまた入院させてくださいね」と医師と約束をし帰っていったという。