仕事・人生
50代で長野へ移住 元記者がリンゴ農家を手伝う理由 栽培を通して感じた価値
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春から夏に花や実を摘む作業 リンゴに360度日を当てるひと手間も
作業の話に戻りましょう。剪定を終えると少しずつ葉が出てきて、4月中旬以降はいよいよ花の季節を迎えます。1つの芽に基本は5輪の花が咲きますが、そのうち中心の1輪だけを残す「摘花」が次の作業です。1年目だった2021年は花が咲いた後に遅霜の被害があり、万全を期すため花を多く残していました。しかし、その年になったリンゴは各々の実が小さく、全体の収穫量も減る結果となり、リンゴ栽培の難しさを実体験として感じました。
続いて、5月末に入り花が実になると、次は一つひとつの実に養分を集中させるために実を摘む「摘果」を行いますが、これが難題。小さいうちは育った姿の想像も難しく、逆に大きくなるとためらいが生じるというやっかいな作業は、経験を積まないと体得できそうもありません。見よう見まねでも6月末には終えないといけないのですが、人手も時間もかかります。脚立に上り、手を伸ばす作業は筋肉痛必至。しかも「見直し」「仕上げ」と何度かの摘果を経て、ようやく終わるのです。それでも納得にはほど遠いのですが……。
わずかに息を抜ける夏が過ぎると、秋の気配とともにリンゴらしい大きさに成長してきます。「さあ収穫!」と言いたいところですが、「ふじ」などの赤い品種はその前に「葉摘み」が待っています。日の光を当て、実を赤くするために文字通り葉を摘む作業なのですが、ギリギリまで光合成による栄養供給も必要なので全部を摘むわけにはいきません。そして畑での最後の作業となるのが、裏側にも日を当てるべく、実をくるりと回転させる「玉回し」。ここまですべて手作業で行い、やっと収穫の日を迎えます。
冬本番前のリンゴ収穫ラッシュ 選別・袋詰め・販売までも農家の仕事
収穫は、品種によっては8月頃から始まり、大トリを飾るのは主力の「ふじ」。11月上旬に“解禁日”が設定され、いよいよ町はリンゴ一色になります。
どの作業も逆算して終える時期を計りますが、特に収穫は要注意。12月に入ると氷点下の日もあり、木になったまま凍った実を触ってしまえば商品になりません。大きな畑はたくさんの人を雇って一気にとりますが、こちらは友人や知人を頼ってなんとか必死に行うような日々です。
さらに、収穫したら売るまでが農家の仕事です。貯蔵施設があれば春頃まで販売することができますが、普通は年内までがシーズンのゴール。結局、リンゴ農家が安らげるのは1月くらいで、2月からはまた新年度を迎えます。
農業協同組合(以下、農協)に出荷する分と、自身で直売所やECサイトで売るものに分けられますが、どちらも「選果」は必須項目です。農協出荷なら出せば終わりですが、利益率の高い自家売りなら袋詰めや梱包、発送も自分たちでやらなければなりません。規格に合った大きさ、クオリティに分けるのは思った以上に大変な仕事で、寒さが身にしみます。
おいしさ追求し丁寧に栽培される国産リンゴ 価値を感じて
リンゴ栽培に関わるまで、私自身、産地はおろか品種すらも気にして買ったことはありませんでした。経験して思うのは、農家が長年かけて培ってきた技術を駆使して栽培された結果、日本の果樹は高品質でおいしいものが流通しているにもかかわらず「価格が安すぎる」ということです。かつて、宮崎県知事によるトップセールスでマンゴーが高級フルーツとして認識された例はありますが、国内産リンゴの価値をどれだけ高められるかはわかりません。
ほとんどが手作業で、病気や天候との闘いもあります。知恵や経験、創意工夫も欠かせません。だからこそ「いいものにはふさわしい対価が払われる」という世の中にならないと、日本の農業の衰退は止められないのではないかというのが実感です。
国産リンゴを手にするとき、少しだけ生産者の苦労に思いを馳せてもらえたらと願っています。
(芳賀 宏)