仕事・人生
「今あるものを使って地方の町を活性化したい」 30歳の若き建築家が「協力隊」として活動するワケ
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長野県立科町の「地域おこし協力隊」として活動する建築家の秋山晃士さん。静岡県沼津市との二拠点生活を続けながら、立科町では若き建築家として新たなことにチャレンジし、町づくりと自らの成長を目指して奔走しています。二拠点生活のリアルと活動意義について聞いた前編に続き、後編では立科町での建築家としての具体的な活動について伺いました。
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建築家を志した理由と建築家としての目標
秋山さんが建築家を目指したのは、幼少期の体験が大きかったといいます。
小学4年生のときにリノベーションされた静岡県の実家は、お金をかけた割には生活に不都合な問題点が次々と発覚。「こんなはずでは……」という両親の姿が印象に残っていました。高校生になって将来の進路を考える頃には、「あのときの記憶があったのは確か。それなら自分がいい家を建てられる建築家になりたい」と決意したといいます。
前編でも触れましたが、秋山さんは長野県立科町への着任前、ほかの自治体の「地域おこし協力隊」の公募で不採用になっており、「実績もなく、社会経験が乏しいのが理由なのかもしれない」と苦悩した経験があります。だからこそ30歳を迎えた今、自分にとって立科町での「協力隊」は大きなチャンスだととらえ、建築家として地方の町を活性化していくという目標を設定しました。
「町づくりってひとりでできることじゃないと思うんです。それなら飛び込んでいって、自分がプレーヤーとしておもしろい人間になったらいいんじゃないか。町の中の先駆者というと大げさですけど、建築家として何ができるかを追求していこうと考えています」
着任早々の昨年9月から12月にかけて、秋山さんは「協力隊」の先輩で同じ建築家の永田賢一郎さんらと一緒に、計5回のDIYワークショップを開催しました。町民だけでなくリノベーションを検討している県外の方々、延べ80人が参加。左官職人を招いての壁塗りの実践や断熱材の敷き込み、ウッドデッキ作りなどが行われ、かつて町の教職員住宅として使われていた家が、移住者向け賃貸住宅に生まれ変わりました。
「住居としての精度を上げるハードルは高かったのですが、DIYのイベントとして見てもらえる価値、人を呼べるコンテンツとして成立することもわかったことが大きかったと感じています」
もともと、工作は好きだったという秋山さん自身も「こんなに道具を使ったのは初めて」と資材の切り出しや窓枠の設置などを行い、設計とは違う建築の作業に関わりながら参加者の意見に耳を傾ける機会も得られたそうです。
進行中の立科町のにぎわいを生むための業務とは
実はほぼ同時期、もうひとつの拠点である静岡県沼津市では、自身が配偶者と運営する設計事務所兼コーヒーショップの設立準備も進行していました。当時を振り返り、「立科町で学んだ左官の技術を沼津にフィードバックできたし、その反対もあって、とても有意義な時間でした」と話します。
その第一拠点「USHIO STUDIO/USHIO COFFEE」(ウシオスタジオ/ウシオコーヒー)は、沼津漁港の目の前にあります。建築デザインの事務所であると同時に、週末にはおいしいコーヒーが飲めるお店として、地元の人から観光客まで多くの人でにぎわい、地元経済紙をはじめとした取材を受けるなど、早くも注目されています。
さらに立科町とのつながりも強く意識しています。コーヒーが飲めないお客様のために、同僚の「地域おこし協力隊」で、リンゴ就農を目指している仲間が栽培したリンゴのジュースを「静岡県で飲めるのはここだけ」という触れ込みで販売中。「そういった“架け橋”のようなことも、『協力隊』の仕事かなと思ってやっています」と話します。
現在、立科町では、町ににぎわいを生むための業務も次々と進行中です。
ひとつは町内の里エリアに少ない宿泊施設の設計で、元は養蚕に使われていた建物の改修を目指しています。公的な助成金を受けられるかどうかもかかっているため、内容と期限を問われる大きな仕事になりそうです。
さらに、かつて町の中心だった中山道・芦田宿に誕生予定のカフェも、設計を手がけています。オーナーとは年齢も近く、現場で話し合い、作業を進めながら詳細を詰め、今秋のオープンを目指しています。
ただし、どちらも古民家や築年数の古い家のため、すんなりとはいきません。床や壁をはずしてみたら、シロアリの侵食や、腐食して使えなかったという事態にも直面しました。以前ならば、一度持ち帰って上司に相談するような案件ですが、「図面を引き直せば時間も経費もかかるため、あまりお金をかけず、できるだけ安くリノベーションしたいと考える地元の人たちのためにも、その場で判断を下して進んでいく必要があります」と強い責任感を持って進めています。
共通しているのは新しく建てるのではなく、「今あるものをいかして魅力ある町をつくる」というコンセプトです。