仕事・人生
“どん底”を経験した元俳優 移住した先で古民家カフェをオープンし大人気に
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大阪で餃子店を始めるも1年で頓挫
当時おつきあいしていた妻の咲子さんには、学生時代に大手コーヒー店のマネージャーやダイニングバーの店長などを任された経歴があり、小さい頃から料理を得意としていました。ふたりともその頃から飲食店のオーナーになる夢を持ち、田中さんが主に接客や宣伝を担当し、咲子さんが料理の腕を振るう計画で、結婚前に大阪へ移り住みます。小さくても自分たちの店を持ちたいという気持ちが強かったものの、どの金融機関からも融資は難しいという結果に……。
このとき手を差し伸べてくれたのが、大阪市内でゲストハウスを営む、田中さんの中学時代の1つ年下の友人でした。ゲストハウスの1階を間借りし、餃子店をオープンさせたものの……。
オープンがいよいよ近づいてきた頃、咲子さんの妊娠が発覚。つわりで何もできない状態になってしまったのです。すでにチラシを配り、開店祝いの花も届いてしまっている状態に、やむなく田中さん自らが調理を担当することにしました。
オープンから2か月ほどは良かったものの、その後はあっという間に赤字へ転落。わずか1年で廃業に追い込まれてしまいました。
「妻が調理に関われなくなったときに、オープンを自重できなかったことがすべてです。私のような素人が少しくらい頑張ったところで、成功するものではありません。仕込みや調理など、昼夜関係なく働きましたが、やればやるほどお金がなくなっていきました。今考えても、あそこで辞める決断をするのは難しかったですね。精神的にもきつくて、どん底まで落ち込みました」
縁もゆかりもない土地で古民家カフェをオープンへ
そんな状態から抜け出すきっかけは、咲子さんの夢だった古民家カフェ構想を具体化しようとする試みでした。店をたたむ2か月ほど前から、各地の空き家バンクなどで物件リサーチを開始します。
現在営む「古民家カフェ&宿 むすび」は広島県三原市にあり、近くに住む咲子さんのご両親からも「三原にもいいところがある」と聞いていました。とはいえ、田中さんにとっては縁もゆかりも、訪ねたこともない未知の土地。築100年以上、7年間空き家になっていた古民家は、ジャングルのようになっていたそうです。
JR呉線の須波駅から徒歩3分の好立地ですが、「三原に来て、地元の人から『須波で店を出しても誰も来んよ。ここは田舎だし、三原の人は財布の紐が固くて飽き性だからな』って言われたんで、めちゃくちゃ不安になりました」と、当時を振り返った田中さんから思わず苦笑が漏れました。
「私たち夫婦には何もありませんでした。残っていたのは借金だけ。一度失敗しているので、もうこれ以上落ちることもありませんしね。三原がどんな土地であろうと、場所へのこだわりもありませんでした。とにかく動き出すよりほかに仕方なかったんです」
2018年に三原へ移住してきた田中夫妻は、1年後に咲子さんの悲願でもあった古民家カフェを開業。夫唱婦随の努力が実って、開業から人気店となってにぎわいを見せています。
(河野 正)