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仕事・人生

「売るところまでが仕事」 50代半ばで農家に転身 元市役所職員が試行錯誤の中つけた自信

公開日:  /  更新日:

著者:芳賀 宏

栽培したリンゴをジュースにして自ら販売する芳野昇さん【写真:芳賀宏】
栽培したリンゴをジュースにして自ら販売する芳野昇さん【写真:芳賀宏】

 近年、脱サラして農業を志す人が増えています。長野県立科町の「地域おこし協力隊」としてリンゴ栽培に取り組む芳野昇さんは、50代半ばだった一昨年、公務員という安定した仕事を辞めて農業に転身しました。後編では、夢と希望を持って取り組む一方で、直面する課題や問題といった新規就農者の実情について伺いました。

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販路確保も就農者の仕事 センスあふれるネーミングのECサイトは「アルデリンゴ」

 国内のリンゴ生産量73万7100トン(2022年農林水産省統計部「作況調査(果樹)」、以下同)のうち、約60%は青森県産です。長野県は全国第2位とはいえ13万2600トンで約18%、そのうち立科町産は約3000トンですから、県内の約2.26%。そのおいしさを知って町外はもちろん、県外から買いに来るお客さんもたくさんいますが、残念ながら絶対的な生産量が少ないため県内や隣接県でほぼ売り切れてしまい、首都圏や関西圏に出回ることはほとんどありません。

「協力隊」3年目、来季に向けて畑を増やして本格的な就農を目指す芳野さんは「作るだけが農家ではない。売るところまでが仕事ですね」と実感を込めて話します。

 収穫したリンゴの多くは町内の直売所で売りますが、昨年12月には東京・青山で毎週末に開催されている「ファーマーズマーケット@UNU」にも出店しました。大消費地・東京で立科リンゴの知名度を上げ、そのおいしさを知ってもらい価値を高める試みでした。

 生産者が消費者と接する機会はあまりないため、味の感想を直接聞くことができ、貴重な経験になりました。また、出身地の大阪でも親類の青果店で販売してもらうなど、独自の販売網の構築に腐心しています。もちろんネット社会の現代はECサイトの開設も欠かせません。その名も「アルデリンゴ」。海外の言葉のような響きですが、実はこれ「あるで、リンゴ」……。そう、大阪弁をもじったネーミングなのです!

収穫されたリンゴをジュースに 550本あった在庫は残り40本を切る

 昨年、自身の畑を初めて管理した芳野さんは、農業協同組合(以下、JA)の加盟申請が間に合わず、12月は置き場所にも困るほどに大量の在庫を抱えました。幸い、使われていない町の施設を倉庫代わりに借りられたものの、冷蔵庫で長く保存できないリンゴは生食ではなく、加工品にするしかありません。できあがったリンゴジュースは3トントラックで2杯分、1リットル瓶詰めで1400本にもなりました。

 畑を借りている園主さんのご家族が販売用に買い取った分を除いても、芳野さんの手元には1リットル瓶が550本。積み上げられたリンゴジュースを見上げて、「さて、どないしよ?」と、もはや笑うしかありませんでした。

 それでも、困ったときには救いの手が伸びてくるもの。

 立科町出身で、米農家を営みながらイベント運営などを行う西田理絵さんは、今春から町内にある蓼科第二牧場の敷地内で、ソフトクリームなどを売る店舗の軒下を借りて「ちょこっとたてしなマルシェ」を始めていました。町内の産品を売ることを目的としていることから、芳野さんにも声がかかったのです。

 県外のお客さんが数多く来店し、多いときはリンゴジュースを20本以上も買っていただけた日もあります。「生産者が喜んでくれて、同時に町のことを知ってもらうきっかけになれば」と西田さんは話し、まさにwin-winの関係を築けているようです。

「地域おこし協力隊」の仲間も、他地域での活動を通じて協力してくれました。建築家の秋山晃士さんは、静岡県沼津市で経営するコーヒーショップで提供したところ評判を呼び、まとめて購入しています。また、同じく建築家の永田賢一郎さんも横浜市内で行うイベントで販売してくれたことで、550本あった在庫が9月中旬には40本を切っています。