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転機となったのはドイツでの「しなくても良かった体験」 乗り越えた経験から得たものとは

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

現地の高校で落第しないために猛勉強 「地獄のような日々」

 それでも、本当の地獄は中学卒業後に訪れました。

 小林さんいわく、ドイツの教育制度は、日本でいう小学4年生のときに将来の選択をします。その後は、基幹学校(Hauptschule)、実科学校(Realschule)、ギムナジウム(Gymnasium)の3つから選択するのですが、小林さんは、帰国してからの進路の可能性を残す意味で、大学進学のための資格を取得できるギムナジウムを選択。ドイツの高校が始まる9月までの半年間、語学学校に入学してドイツ語を勉強することになりました。

 語学学校では文法を集中的に勉強。日常会話ができる程度にまで上達し、9月からは現地の高校に編入しました。

 不安の中で迎えた高校生活ですが、意外にも「日本の数学の教育レベルの高さに助けられた」といいます。

「日本人はある程度、因数分解を頭の中で計算できますが、ドイツ人は苦手な人が多いようで……。入学初日の数学の授業で、1時間で7問ぐらいの因数分解のテストがあったんです。質問文はドイツ語ですが、計算式は数字なので見れば計算できるわけです。それですぐに解けてしまった。すると、『転校してきた日本人ってすごい!』ってなったんです。日本の数学の高い教育水準に助けられた結果ですが、しばらくは『歩くコンピューター』と呼ばれて(笑)。そのおかげで一目置かれるようになったことはラッキーでした」

 ただ、小林さんの場合、日本とドイツの教育システムの違いにより中学3年生を2回行っていたことや、入学・卒業時期の半年のずれもあり「落第はできない」という重圧があったそうです。そこで、両親が家庭教師をつけてくれたといいます。

「日常会話はドイツ語で問題なくできるようになっていましたけど、話すのと読む・書くはまったくの別ものです。ドイツ人にとってドイツ語は国語なので、ゲーテやシラーなど、ドイツ人でさえも難解な古典を読まないといけない。さらに物理、化学、地理、政治……。ドイツ人のほとんどが英語も話せるので、外国語は英語を選択せず、みんなが一斉に初めて学ぶスペイン語とフランス語を選択しました」

 落第しない、最低限の科目を選択したという小林さん。あとはひたすら勉強するだけでした。

学校の授業は午前中で終わるけれど…午後も夜も自宅で勉強タイム

 国が変われば価値観や常識も変わるもの。家族との時間を大切にするドイツでは、日本とは異なり、学校でお昼を食べないといいます。午前で授業が終わるので、お昼は自宅で食べるそうです。

「お昼といっても、すでに午後に入っているんですけど、午後1時ぐらいに学校が終わると帰宅して、お昼を食べたら、家庭教師の先生がかわるがわるやってくるんです。それが終わると夕食を食べて、夜は自分の勉強をやっていました。当時はまだインターネットなんてなかったので、一つひとつ辞書で調べるのが本当に大変でした。結局、先生や友人、家庭教師を頼るしかなかったですし、途中で日本語にいちいち訳して理解するのではなく、ドイツ語のままで理解するしかないと悟りました」

 それでも、入学時に学校側から提示された「半年間でドイツ人と同じレベルの語学力を身につける」という条件をクリアしないといけなかったため、「本当に必死だった」といいます。そして一度も落第することなく、無事にドイツでの高校生活を終えることができました。

「本当にすごく大変でしたけど、『あのときできたから』と思えることは、私にとって大きいことだと気づきました。おかげで、ものすごくつらいときこそ『ほかの人がやっていないことができているんだからできる!』と思えるんです。たとえば、何か目標を立てるときも『自分を超える』という目標の立て方もできるようになりました」

「しなくてもいい体験だったようにも思いますけど(苦笑)」と、小林さんにとっては苦い記憶のようですが、帰国後は日本の大学に入学。大学生だった頃はテレビ局で通訳をしたり、ドイツの見本市を経験したり、ドイツの証券会社に転職したりと、なにかとドイツとの縁が続いたようです。

◇小林玲子(こばやし・れいこ)
株式会社エアフォルク代表。父の海外赴任のため、中学3年生から5年間をドイツで過ごす。日本の大学を卒業後、都市銀行を経て外資系証券会社東京支店に転職したあと、夫の海外赴任のため8年間を海外で過ごす。現地のパソコン教室でITインストラクターやウェブ制作の活動を開始。帰国後、自治体や公的機関でITインストラクターとして活動し、近年では社内ITリテラシー向上や生産性向上のための企業研修にも注力している。今年7月に発売された「スマホ決済がゼロからわかる完全使い方ガイド」(メディアソフト刊)の編集にも一部携わっている。

(Hint-Pot編集部・出口 夏奈子)