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元ソフトボール選手だった母との“親子鷹” 親元を離れて知った食事の大切さ
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プロに入って再認識 「食べること」の大切さ
近年のプロ野球は球団に管理栄養士がおり、球団の寮でもバランスの取れた食事が提供されるなど、食事を適正に管理します。プロ入りした1年目は、まだ目の前に提供された食事を食べるだけでしたが、2年目を迎える頃には栄養を摂取することの重要性に目覚めたそうです。
トレーニングコーチから必要な栄養素や、トレーニング中に何を飲むべきかといったことを学んだことで「自分の体に興味を持つようになったんです」と口にします。
「トレーニングをして3時間のうちにたんぱく質をとらないと筋肉が落ちてしまうので、プロテインを飲んだり、ササミバーを食べたりすることを意識しています。夏の暑さに慣れていないせいもあるし、食事と食事の間にもパンやおにぎりなど補食もしっかり取ろうと考えています」
今年、千葉ロッテマリーンズからきたトレーニングコーチにも良い影響を受けているそうです。千葉ロッテといえば、高校の先輩で目指すべき投手のひとり、種市篤暉選手、そして球速で勝負する2学年上の佐々木朗希選手が在籍しています。
「ライオンズの身近な先輩たちはもちろんですが、日本を代表するような選手はやはり刺激になりますね。『種市さんや朗希さんは試合中に何を飲んでいました?』とか、自分から聞いたりしました。まずは真似からですけど、自分もやらなくちゃいけない……と感じた一年でした」
母からの愛のある激励 1軍のマウンドからいつか恩返しを
3年目を迎える2024シーズンの目標は、1軍の舞台で投げること。「高校時代やプロ1年目に比べたら、投げる力はついてきていると思いますけど、まだまだです。今年は157キロの球速が出てうれしかったですが、もっと上を目指したい。今は160キロを投げる投手がたくさん出てくる時代。やっぱりインパクトがあるし、自分の武器にしたいですね」と意識を高く持っています。
野球を始めたときから、常に寄り添ってくれた真奈美さんはソフトボールの投手だっただけに、「ピンチのときの気持ちがわかるからつらい」と言われるそうです。シーズン中も青森県から泊まりがけで応援に来て、登板後には「あの四球はいらないね」「もっと内角に投げないと」と、厳しくも熱いメッセージが届くとか。
「両親には本当に感謝しています」と黒田選手。食べることに苦心してくれた母と、優しく見守ってくれた父に、1軍のマウンドから恩返しをする準備が整ってきたようです。
2004年1月24日、青森県むつ市生まれ。投手、背番号57。小学3年生で野球を始め、八戸工業大学第一高校では2年生の秋からエースとして活躍。秋の県大会では8強、3年生の春に準優勝、同年夏には4強で甲子園出場は叶わなかった。卒業後の2021年にドラフト5位で埼玉西武ライオンズに入団。1年目の2022年はイースタンリーグに10試合登板し、1勝3敗、防御率8.20。2年目の2023年は同13試合に登板し、3勝3敗、防御率3.93と成績をあげ、フレッシュオールスターに選出されたが、右浅指屈筋腱肉離れで辞退した。同年8月、3軍戦の東日本国際大学戦で、非公式ながら自己最速の157キロをマークした。そのほか球種は落差のあるフォーク、スライダー、カーブ。下北半島出身では初のプロ野球選手となった。
(芳賀 宏)