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時代風刺だった? 才女・紫式部が「源氏物語」に込めた意図と人物像とは

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部・出口 夏奈子

紫式部ってどういう人だったの? その性格や魅力

――のちのちの時代に作品が残ることを想定していたとしたら……とても怖くなりました。

「そうですよね。私たちって平安時代中期の時代を想像するとき、藤原道長や藤原伊周といった実在する人物ではなく、光源氏や『源氏物語』の世界観を思い浮かべませんか? 『源氏物語』はもう歴史を超越しちゃっているのかなと思います」

――お話を聞けば聞くほど「源氏物語」が、単なるプレイボーイの恋愛物語ではなくなります。こんな奥の深い物語を描いた紫式部とは、いったいどんな人物だったのでしょうか。よくライバルだと指摘されているのが「枕草子」の作者である清少納言ですが……。

「授業で学生たちに説明するときに話しているのが、紫式部は『ツイッター(現在はX)女子』で、清少納言は『インスタ女子』です。要は、表向きには思うことをはっきりと言わないで内に秘めている女性だということです。紫式部が仕えた一条天皇の皇后・彰子は皇太后、太皇太后になるなど、入内後はずっと好調な人生を送りました。ですが、紫式部は見えないところではすごくつらいのよ、ということを『紫式部日記』の冒頭で水鳥を使った和歌で表現するなど、“根明”な性格だった『枕草子』の作者・清少納言とは対照的な性格だったことが垣間見えます」

女性が読み書きしない漢字を使いこなした才女・紫式部とは

――それでも当時の女性が読み書きできなかった漢字を使いこなし、漢文の心得もあったようです。やはり才能あふれる女性だったのでしょうか。

「確かに才能はすごくありましたね。そもそも1000年前の日本の女性貴族は読み書きができましたが、これは世界的に見ると非常に驚かれるまれな事実です。しかし、それは仮名に限られました。そのようななか、紫式部は漢字が理解できたのです。紫式部の父親は漢学者の家柄なので、自宅にはたくさん漢文の書物があって、実際に弟たちが勉強している横で漢籍をスラスラ覚えていったというエピソードが残っているので、積極的に学んで漢籍が理解できるようになったのかなと想像します。ただ、その才能を誰にも知られないようにひた隠ししていますよね?」

――やはり賢いことが見つかると生きづらかったのでしょうか。

「そうだと思います。男性は漢字、女性は仮名という枠組みの中で、女性が漢字を読み書きする必要性がなかった時代ですので、そういった社会の枠の中で自分らしさを抑圧しながら生きていたように感じます。ただ、実際には一緒に仕える侍女や身分の低い者たちにも知られないようにしていたので、当時は男性からだけでなく、女性からもそういった視線があったのでしょう。そういう意味では、現代に生きる女性たちと似ているのかもしれません」

――紫式部のお人柄を知ると、また違った形で「源氏物語」が楽しめそうです。

「紫式部は当時の現実社会に対し、作品を通して物申す気持ちが根底にあった人ですが、現代女性と同じく、生きづらさを感じていた人でもあると思っています。当時の女性たちは男性によって人生が大きく変わっていました。この女性の不安定さは『源氏物語』のテーマのひとつにもなっていますが、たとえ高貴な女性であっても後ろ盾となる人がいなかったり、父親が亡くなってしまったりすると一気に不幸になってしまう。そんな女性の不安定さを、浮舟のようで明日もわからないと表現していますが、それは紫式部自身が思っていたことだったのかなと考えています」

――こうやってお話を聞いていると、改めて「源氏物語」は非常に奥行きのある作品だなと感じました。

「そして、作品自体の完成度がすごく高いです。あれだけの長編作品ですが、一貫性があって、人物描写も詳細で、キャラ設定もぶれることがありません。当時のいろいろな要素が入っていて、研究に値する懐の深い作品だなと思います。ですから光源氏のプレイボーイぶりを楽しむのも良いですが、それだけでなく、作品自体からたくさん勇気をもらってほしいなと思います」

◇高橋麻織(たかはし・まおり)
1980年、岐阜県生まれ。明治大学大学院博士後期課程修了。博士(文学)。明治大学文学部助教・講師、日本学術振興会特別研究員(RPD)を経て、2018年より椙山女学園大学国際コミュニケーション学部講師、2021年からは准教授に就任。専門分野は古典文学や歴史物語、源氏物語で、平安時代の文学作品と歴史との関連性について研究を続けている。

(Hint-Pot編集部・出口 夏奈子)