Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

お出かけ

国の伝統工芸品に伝統的建造物…フリーアナウンサーが語る愛媛の魅力

公開日:  /  更新日:

著者:横井 弘海

国の重要伝統的建造物群保存地区【写真:横井弘海】
国の重要伝統的建造物群保存地区【写真:横井弘海】

「近き者悦(よろこ)び、遠き者来る」という論語の孔子の言葉をご存じですか? 「そばにいる人が喜べば、遠くからも自然と人が寄ってくる」という意味です。愛媛県内子町は、この孔子の言葉を元に町づくりをしています。フリーアナウンサーたちが、バトンをつなぎながら日本の良さをリポートしていく連載「とっておき日本再発見」。今回は、テレビ東京で活躍したフリーアナウンサーの横井弘海さんがナビゲートします。

 ◇ ◇ ◇

商家群の町並みは一見の価値あり 国の重要伝統的建造物保存地区に選定

 四国遍路の拠点のひとつである愛媛県の内子町は、県庁所在地の松山市から40キロ、電車で約30分に位置し、豊かな自然が残っています。NHKの人気ドラマ「旅屋おかえり」の愛媛・高知編でも紹介された絵になる町で、現在の人口は1万5000人弱。

 江戸時代から明治時代にかけて、主に和ろうそくや口紅、ポマードなどの原料となる木蝋の生産で栄え、大正時代には生糸の生産で潤いました。当時の繁栄ぶりをうかがわせる商家群の町並みは、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、漆喰を塗る鏝(こて)の技術を駆使した鏝絵や懸魚(けぎょ)に海鼠壁(なまこかべ)、ベンガラの出格子を眺めながら、散策を楽しめます。

 印象的なのは、喫茶店やランプ屋さんなど、立ち寄る店々のオーナーさんたちが気さくなこと。そのこだわりなどを聞くうちに、ここは過去を見せるだけのテーマパークではなく、今を生きる人たちの町なのだと感じました。

 近くにある重要文化財の芝居小屋「内子座」を目当てに訪れる人も多くいます。歌舞伎公演も行われ、案内係の方によると「(中村)七之助さんは、見惚れて倒れるかと思うほど美しかったです」とのこと。確かに間近で演目を堪能できそうな作りです。

「内子座」の内部【写真:横井弘海】
「内子座」の内部【写真:横井弘海】

「内子座」は、1916年に芸術・芸能を愛する商家の旦那衆が集まり、お金を出し合って作ったものです。老朽化により取り壊されるところを、今度は町並保存運動に連動し、1985年に劇場として再出発しました。

内子町の代表的な手仕事・和ろうそく 原料はすべて植物

 そんな内子町で育まれてきた選りすぐりの手仕事2つをご紹介しましょう。

大森和蝋燭屋の店先【写真:横井弘海】
大森和蝋燭屋の店先【写真:横井弘海】

 内子町と言えば和ろうそく。保存地区にある創業1848年の「大森和蝋燭屋」ののれんをくぐりました。土間の売り場には、さまざまな和ろうそくと燭台が並びます。

 帳場を切り盛りするのは、7代目の大森亮太郎さんの妻・祥子さん。奥の部屋で亮太郎さんが手作業で黙々とろうそくを作っている姿が見えます。

 和ろうそくは、畳の材料に使うイグサの髄・灯芯草と和紙を竹串に巻き付けて真綿で固定した後、串を抜いて芯を作ります。その芯に溶かした生蝋を手でかけては乾かし、またかける作業を繰り返す「生掛け」で、少しずつ大きくして仕上げます。芯を作るのは祥子さんとお義母さんです。

 和ろうそくの原料はすべて植物。使用した際に、ススがほぼ出ないのも特徴です。ろうそくをセットする鉄製の燭台は、地元の鍛冶工房が作ったもの。とてもスタイリッシュで、置いておくだけでも素敵です。あかりを灯せば、独特の炎の揺らぎが心を和ませてくれる、まさに現代人に求められるアイテムでしょう。

 ところで、祥子さんは松山出身。結婚後、内子町に移り住んだ感想をお聞きすると、祥子さんは笑顔を浮かべました。

「同じ愛媛県でも、内子町は住みやすい。例えば、家の軒先にとれたての野菜が置いてあることもよくあります。近所の方からです。子どもを育てるならここの町です」

 素敵な表情で語る祥子さんを見て、こちらも笑顔になりました。