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母に遺産を全部相続させたい 相続放棄した子どもたちの末路 税理士が解説

公開日:  /  更新日:

著者:板倉 京

亡き父に1億円の借金が 相続放棄をしたくてもできないケースも

 個人で町工場を経営していた井上隆さん(仮名・65歳)のケースを紹介しましょう。隆さんは仕事中に倒れて、突然帰らぬ人に。これまで工場経営は順調でしたが、隆さんの腕一本で成り立っていたため、事実上の倒産です。

 後日、妻と娘さんで工場の整理をしていると、借金の返済予定表が出てきました。残額はなんと1億円! 「そういえば、新しい機械を入れるとかなんとか言っていたような……」と娘さん。

 井上さんが家族に仕事の話をしたことは、ほとんどなかったといいます。1億円の借金も、順調に仕事をこなしていけば返せる金額だと考えていたのでしょうが、今となっては返すあてはありません。

「借金は相続放棄すれば解決では?」と思うかもしれませんが、実際はそんな簡単な話ではないのです。相続放棄をすることは、借金だけではなく、自宅などの不動産、現預金、株、投資信託などといった財産もすべて相続しないということ。

 隆さんの妻は専業主婦で、自宅も預金も何もかもが隆さん名義の財産でした。つまり、相続放棄をすれば、これから住む家も生きていくためのお金もすべて放棄するということです。結局、妻は相続放棄をせず、すべての財産を引き継ぐことに。銀行が事情を察して、借金は少しずつでも返済してくれればいいと言ってくれました。

 すでに結婚していた娘さんは、相続を放棄することにします。しかし、これで一見落着……とはいかないのです。

 前述した通り、子どもが相続放棄をすると、第2順位・第3順位の人が相続人になります。このケースでは、両親と唯一の兄弟である兄が他界していたため、兄の子どもたち(隆さんの姪・甥)が代襲相続人となりました。

 隆さんの妻は、姪と甥に連絡をして事情を話し、相続放棄の手続きをしてもらいました。そうしなければ、甥と姪はおじさんの事業の借金を背負わされていたかもしれません……。いや、もしかしたら「借金はいらないけど、財産をくれ!」などと、無謀な申し出をしてきたかもしれません。

 仮に借金があったとしても、たとえば住宅ローンなどの場合、「団体信用生命保険」といって、借金をしている人が亡くなるとローンが消滅する保険に加入している場合は、相続放棄をしても適用されるため、家族が住む場所に困ることはありません。隆さんが借金返済に充てられるくらいの生命保険に加入していてくれたら、こんな苦労をしなくて良かったのにと悔やまれます。ちなみに、相続放棄をした場合でも、生命保険は受け取ることができます。

 隆さんのケースは、比較的早くに借金の存在に気づけたため、相続放棄の手続きをすることができました。しかし、借金が見つかったときにはすでに相続放棄の期限(相続開始を知った日から3か月以内)が切れているという人もいます。

 家族が亡くなったあとに、思わぬ借金に悩まされるのはつらいことです。「借金がある」なんて言い出しにくいことかもしれませんが、事前に家族でしっかり話し合っておくことをおすすめします。

(板倉 京)

板倉 京(いたくら・みやこ)

1966年10月19日、東京都生まれ。神奈川県内で育ち、成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科卒。保険会社勤務後に結婚。29歳で税理士資格試験の受験を決意し、32歳で合格する。36歳での長男出産を経て、38歳で独立。主な得意分野は、相続、税金、不動産、保険。テレビでは「あさイチ」「首都圏ネットワーク」(ともにNHK)、「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)、ラジオでは「生島ヒロシのおはよう一直線」(TBSラジオ)などに出演して解説。主な著書は「夫に読ませたくない相続の教科書」(文春新書)、「相続はつらいよ」(光文社知恵の森文庫)、「女性が税理士になって成功する法」(アニモ出版)、「知らないと大損する! 定年前後のお金の正解」(ダイヤモンド社)など多数。