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お金

「遺産相続のときはたくさんもらってね」と介護を任せきりだった姉と弟に手のひら返しされました。介護をした人が取り分を多くできる法律はありませんか?

公開日:  /  更新日:

著者:板倉 京

介護のために仕事を辞めたにもかかわらず…姉と弟のひどい言い分

「姉も弟もひどいんですよ。父の介護を私に押しつけて、めったに顔も出さなかったくせに、今になって『父の財産は法定相続分通りに分けよう』なんて言い出して……。私が父の介護をしてもいいと言ったときは、『相続のときはたくさんもらってね』なんて言っていたくせに……。介護をした人がたくさん相続できる法律はないんですか?」

 相談者は、有田千絵さん(仮名・52歳)。千絵さんには姉と弟がいます。姉は結婚して夫の両親と同居。弟は賃貸マンションで妻と二人暮らし。千絵さんは独身で実家暮らしです。

 結論からいうと残念ですが、介護をした人がほかの相続人よりも多く相続分をもらえるというはっきりとした法律はありません。過去に、重度の認知症の老人を10年以上介護していた人が相続分を争って裁判を起こした判例がありますが、1日数千円程度の寄与分(相続の上乗せ分)を認めてもらう程度だったといいます。

 実際、それよりも負担の軽い介護だった場合、裁判を起こしても思うような相続分の上乗せを認めてもらうことはできないようです。もし「介護した分たくさん相続でもらいたい!」のであれば、ほかの相続人(千絵さんの場合、姉と弟)に譲ってもらうしかありません。しかし、その姉と弟の言い分は世知辛いものでした。

「父が倒れたと聞いたときは本当に驚いて、千絵が『会社を辞めて父の面倒を見てもいい』と言ってくれてほっとしたのは事実です。でも、父はまったく動けなかったわけではないし、昼はデイサービスを使っていたんだから、そんなに大変だったとは思えません」

 さらに、千絵さんがずっと実家暮らしだったことも理由に挙げています。

「だいたい、千絵はずっと実家で、親がかりで生活していたんだから、たくさん預金があるはずでしょう。退職金だってたくさんもらったと聞きました。私たちは独立してから親に援助してもらったことはありません。それを考えたら、法定相続分通りの相続でいいと思っているんですよ」

 千絵さんは、生まれてからずっと実家暮らし。自分の給料はすべて自分のもので、家では上げ膳据え膳、洗濯も掃除も家事全般をすべて両親がしてくれていました。しかし、母親は3年前に他界。そして1年前、父親が倒れて要介護状態になったのです。

 みなさん、この話を聞いてどう思いますか? どっちの言い分にも一理あるような気がしますよね。こうなると、話し合いで財産の分け方を決めるのは困難を極めそうです。

介護を引き受ける前に取り決めをきちんと

 このケースで問題なのは、千絵さんが介護を引き受けるときに「相続でどのくらい多くもらう」のかをはっきりさせなかったこと。そして、そもそもその約束を口約束で済ませてしまっていたことです。

 会社を辞めてまで「介護」という大仕事を引き受ける以上、ここをうやむやにしてしまってはいけませんでした。相続において自分の権利を守るためには、お父さんに具体的な財産の分け方を決めた遺言書を書いてもらうべきだったのです。

 具合の悪くなった父親に「遺言書を書いて!」なんて迫るのは気が引けるもの。でも、千絵さんのように話がこじれてしまえば、その後きょうだい仲は悪くなってしまうでしょう。独身の千絵さんにとって、これから先ずっと孤立無援の状態になってしまうかもしれないのはつらいことです。

 それを考えたら、「親の責任として遺言書を書いてくれ」という主張もできたのではないでしょうか。

 ちなみに、介護絡みでよく問題になることとして「通帳の管理」があります。要介護状態になると、面倒を見ている人が通帳からの現金の出し入れ、生活費や介護費用の管理などをすることになります。

 介護にかかる費用は安くありません。それをどんどん通帳から下ろしていると「親の金を勝手に使った」とあらぬ疑いをかけられることがあります。そうならないように、できれば介護用の通帳を作成し、何に使ったかわかるように管理することも円満な相続のためには必要なことかもしれません。

 介護をした人としなかった人では、感じる負担が違います。これは決して、千絵さんきょうだいだけの特別な例ではないのです。つらい介護を経験したうえに、つらい遺産争いをするなんて……。そうならないためにも、しっかりとした対策を取っておきたいものです。

(板倉 京)

板倉 京(いたくら・みやこ)

1966年10月19日、東京都生まれ。神奈川県内で育ち、成城大学文芸学部マスコミュニケーション学科卒。保険会社勤務後に結婚。29歳で税理士資格試験の受験を決意し、32歳で合格する。36歳での長男出産を経て、38歳で独立。主な得意分野は、相続、税金、不動産、保険。テレビでは「あさイチ」「首都圏ネットワーク」(ともにNHK)、「大下容子ワイド!スクランブル」(テレビ朝日系)、ラジオでは「生島ヒロシのおはよう一直線」(TBSラジオ)などに出演して解説。主な著書は「夫に読ませたくない相続の教科書」(文春新書)、「相続はつらいよ」(光文社知恵の森文庫)、「女性が税理士になって成功する法」(アニモ出版)、「知らないと大損する! 定年前後のお金の正解」(ダイヤモンド社)など多数。