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仕事・人生

パリで22年、老舗カフェの顔として生きた日本人ギャルソン 大病を経て選んだ次の舞台とは

公開日:  /  更新日:

著者:Miki D'Angelo Yamashita

常連のマダムと“外国人初”のギャルソンとなった山下哲也さん【写真:Yusuke Kinaka】
常連のマダムと“外国人初”のギャルソンとなった山下哲也さん【写真:Yusuke Kinaka】

 フランス人以外で初めてフランス・パリの老舗カフェ「カフェ・ド・フロール」でギャルソンを務め、2007年にはニューズウィーク誌が選ぶ「世界が尊敬する日本人100人」に名を連ねた山下哲也さん。22年間、店の顔として多くの常連客に愛されながら、ギャルソン同士が競い合う厳しい世界で、自分なりの仕事の流儀を築いてきました。最終回となる今回は、衰退するパリのカフェ文化への思い、そして東京で新たなカフェを立ち上げる決断に至るまでについて、山下さんに話を伺いました。

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ギャルソンを毎日演じている俳優

「『カフェ・ド・フロールのギャルソンは、カフェ・ド・フロールのギャルソンを毎日演じている俳優だ』という僕の好きなサルトルの言葉があります。僕らは、『ギャルソン』という役を演じきらなければならない。まずは、役作りから始めなければなりません」

 ギャルソンという仕事のおもしろさをそう語る山下さん。ジレ(ベスト)はみんな同じ型のものを自費で買い、タブリエ(エプロン)はお店から支給されるものを使います。だからこそ、仕事で着ているシャツ一枚とっても、どの襟型のシャツがフロールに適しているのかまでこだわります。

「それぞれのギャルソンがそれぞれのこだわり、それぞれの違った武器を持っているからこそおもしろいんですよね。カフェ・ド・フロールのギャルソンとは何なのか、どうあるべきか、考えに考えて生きてきましたから、僕の中で作り上げたギャルソンの世界があります」

 ところが近年、長年築き上げられてきたギャルソン文化は変化しつつあるそうです。きっかけは、飲食業界に未曽有の打撃を与えた、新型コロナウイルスの世界的蔓延と、パリのオーバーツーリズムでした。

「ギャルソン同士みんながライバル。お客様がどうしたら自分のテーブルに座ってもらえるか、ギャルソンの腕次第なんです。通りから入店しようとするお客様をいち早く察知し、いかにエレガントに自身が担当するブロックへ誘導できるか。自分の肉体一つで勝負しなければならない世界。ひりひりするような緊張感が好きでした」

 しかし、コロナ禍のフランスでは、飲食店が完全にクローズに。その後、営業再開時には、テーブル間を空けるなど制約ができ、レセプション係にワクチン証明書を提示しなければ入店できなくなりました。

 コロナ禍を経験したことで、カフェは本来、人が自由に集う場所だったのだと改めて実感したといいます。一方で、営業再開後は入店管理が厳しくなり、さらには観光客の増加も重なって、以前のような空気は失われてしまったそうです。ギャルソン同士の駆け引きもなくなり、山下さんは「おもしろさが半減した」と振り返ります。

「灰皿を利き手の側に置く。飲み物を氷なしで注文する常連さんには、わざわざ頼まなくても氷なしで出す。そういう安心感、信頼をお客様にいかに与えることができるかがギャルソンの存在意義なんですね。そうして、お客様と接する時間が一番楽しい。ところが、カフェ本来の姿を失った結果、常連さんは次第に足が遠のくようになり、もはやフランスが世界に誇る文化としてのカフェは失われつつあります」