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仕事・人生

パリで22年、老舗カフェの顔として生きた日本人ギャルソン 大病を経て選んだ次の舞台とは

公開日:  /  更新日:

著者:Miki D'Angelo Yamashita

衰退するパリのカフェ文化を守りたい

コロナ禍からの営業再開直後、カフェとギャルソンの存在意義を再発見した【写真提供:山下哲也】
コロナ禍からの営業再開直後、カフェとギャルソンの存在意義を再発見した【写真提供:山下哲也】

 22年間、カフェ・ド・フロールのギャルソンとして店に立ち続けてきた山下さんは、長年の現場経験を通して、パリのカフェ文化が少しずつ変質していくのを肌で感じていました。フロールのギャルソンとして働くことは、単なる接客ではなく、フランスの文化を体現する存在であるという意識が、山下さんのなかには常にありました。

「今、フランスのカフェやビストロは、ユネスコの無形文化遺産での登録を目指しています。それだけ絶滅寸前なんですね。この仕事を始めた20歳過ぎから30年間、カフェに人生を捧げてきましたから、カフェ文化が廃れてしまうのは残念です」

 カフェのギャルソンを一生の仕事にしたいという思いで、ずっと働いてきた山下さんですが、カフェ・ド・フロールの中に残り続けるだけでは、この文化を次の世代につなげられないと感じるようになりました。

 そうした思いが募るなか、2024年夏にがんを宣告されます。9か月間の治療とリハビリを終え、いったんはフロールに復帰したものの、わずか1週間で退職を決断しました。

「大病をしたことで、未来が描けることをありがたく思いました」

 そして、これから先の人生で、何をすべきかを真剣に考えたとき、ここで新しい一歩を踏み出さなければならないと思ったのです。

パリで見たい景色はすべて見た

 山下さんのなかでは、カフェ・ド・フロールのギャルソンとして見たいと思っていた景色は、すべて見尽くしたという実感がありました。

 パリでは、唯一の外国人ギャルソンとして長年店に立ち続けるなかで、もう自分ができることはやり切った。だから同じ場所にとどまるのではなく、まったく別の環境で、新しいカフェの形をつくりたいと考えるようになり、そこで選んだのが、故郷である東京だったのです。長く海外で働いてきたからこそ、最後は自分の生まれた場所で挑戦したいという気持ちもあったと、山下さんは振り返ります。

「パリには存在しないカフェを、東京でつくりたいという思いは、何年も前からありました。ようやく一緒にできるパートナーや理想の物件と出会い、その構想を形にすることができたんです」

ゲストもスタッフも主役

 こうして誕生するのが、東京・南青山の「LA & LE(ラ・エ・ル)」。パリで培ってきた経験のすべてを注ぎ込み、「人が主役」になるカフェを目指します。

 長年、ギャルソンとして一人で店に立ち続けてきた経験から、今度は個人ではなく、チームとして場をつくっていきたいという思いが強くなっていったといいます。

「お店に足を運ぶたびにワクワクする、そんなカフェが今の東京にはあるでしょうか。キラキラとした東京そのもののような場所をつくりたいんです」

 パリで培った価値観をそのまま持ち込むのではなく、東京という街に合った形で表現していきたいと、山下さんは考えています。

「お客様にも、スタッフにも、思いっきり“主役”を演じてほしい」と語る山下さん。過ごすことそのものが文化になる、そんな時間と空間を実現し、東京のカフェ文化を進化させていくことを目指し、山下さんの新たな挑戦が始まります。

◇LA & LE (ラ・エ・ル) https://la-et-le.jp/
〒107-0062 東京都港区南青山3丁目8番35
表参道 Grid Tower 1F

(Miki D’Angelo Yamashita)

Miki D’Angelo Yamashita

コロンビア大学大学院国際政治学修士、パリ政治学院欧州政治学修士。新聞社にて、新聞記者、雑誌編集記者、書籍編集として勤務。外信部、ニューヨーク支局、パリ支局、文化部、書籍編集部、週刊誌にて、国際情勢、文化一般を取材執筆。