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印刷会社で右手首切断、3分の1以上の血液を失いながらも意識失わず 片腕の剣士が秘めた壮絶な過去

公開日:  /  更新日:

著者:Hint-Pot編集部/クロスメディアチーム

「自殺しようと思っていた」 深い絶望も、教え子の言葉で再起を決意

昨年、鹿児島・薩摩川内市剣道連盟主催の大会で優勝したときの難波さん(前列左から2番目)【写真:本人提供】
昨年、鹿児島・薩摩川内市剣道連盟主催の大会で優勝したときの難波さん(前列左から2番目)【写真:本人提供】

 事故が起こってから約2か月、3回の手術をした末の苦渋の決断。難波さんの心の中には、深い絶望が広がっていました。

「もう自殺しようと思っていた。今まで当たり前にあったものがなくなって、普通の生活も送れない。剣道もできないかもしれない。死んだ方がマシだと本気で思っていました」

 失意のどん底にいた難波さんを救ったのは、旧知の剣道仲間や家族の励まし、そして当時指導していた道場の教え子たちです。「あの人は強いから、必ず戻ってくるよ」「元気になって帰ってきてくれることを待っています」。そんな温かい励ましの言葉で、生きる気力を取り戻していきます。

 さらに、大学病院の担当医が義手の製作に積極的に協力してくれたことも、大きな転機となりました。「まだ剣道が続けられるかもしれない」。希望の光が差し、難波さんは前を向き始めます。

 剣道への復帰を果たしたのは、事故から約1年後。当時、野球やサッカーなどメジャースポーツ用の義手や義足は製品化されていましたが、剣道用の義手というものは存在せず、完全なオーダーメードでした。また、義手といっても手首や指を動かせるわけではなく、固定してあるだけという状態のため、実質的には左手1本で竹刀を握ることになります。

「剣道で大事なのは手首のスナップ。その手首がないから、左手と肘の動きだけで再現しなくちゃいけない。健常者と似た動きに見えても、体の使い方は全く別。それでももう一度竹刀を振るうため、死に物狂いでリハビリに励みました」

 実は、事故や病気などで片手や片腕を失った剣道家は、難波さんの他にも数多く存在します。しかし、そのほとんどは手首のスナップが使えないハンデを補うため、「上段の構え」への転向を余儀なくされるそう。そんな中、難波さんは義手をオーダーメードしてまで、剣道の基本の型である「中段の構え」へのこだわりを貫いています。

「指導者である以上、子どもたちに稽古をつける際に、普通の人と同じオーソドックスな形でちゃんと教えてあげたかった。剣道の基本は中段ですから。障がいがあっても剣道を続けている人は多くいますが、“隻腕の中段剣士”となると、おそらく世界中探しても私1人ではないでしょうか」

 事故後、剣道つながりで生まれた良縁にも恵まれ、今では孫もいるという難波さん。「剣道には厳しさもあるので、途中でやめてしまう子も多い。そんな子たちに、手がなくなってもやれるんだということ、諦めないことや仲間の大切について伝えていきたい」。難波さんが立ち上げた団体のタオルには「縁」という一文字が刻まれています。かつて教え子の言葉に救われた隻腕の剣士は、今日も義手を装着し、信念の込もった中段の構えで竹刀を握ります。

(Hint-Pot編集部/クロスメディアチーム)