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「全部、がんのせいにしようと思った」 38歳で罹患、闘病中に向けた愛 我が子に起きた変化とは
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「全部、がんのせいにしよう」 我が子への愛ある告白
闘病中は些細なことで感情的になり、妻と喧嘩をするようになった時期もあったそうです。子どもに夫婦の喧嘩を見せてしまった……。そう自己嫌悪するようになったけいさんは一大決心。それまで病気のことを詳しく伝えていなかった我が子に、自分ががんであることを話しました。
「全部、がんのせいにしようと思ったんです。『実はパパ、がんになっちゃってさ。がんのせいで、ちょっと性格が悪くなっちゃってるんだよね。だから、パパが怒ってママを悲しませてしまったら、悪いけどパパの代わりにママを慰めてあげてくれない?』って伝えました」

すると、子どもからは「治るの?」というストレートな質問が。けいさんは迷わず、「治るよ」と答えました。
「がんであることを話したあとは、子どもなりの変化がありました。昼にリビングで寝ていて目を覚ましたら、目の前に子どもの顔があって。『何?』って聞くと『別に』ってはぐらかされましたが、生存確認をしてくれていたんだと思います」
通院での抗がん剤治療は、半年でいったん終了。治療により、高熱や足の麻痺などの症状はなくなりました。
「絶対治るから」SNSがくれた勇気
しかし、がんは手ごわい病気でした。その後の検査で、がん細胞は完全に消えておらず、けいさんは治療を継続することになったのです。前向きなけいさんも、このときばかりは心が苦しくなったそう。そんなとき、胸に響いたのは自身のインスタグラムに寄せられた、ある男性からのコメントでした。
その男性は、がんサバイバー。「あなたの気持ちが痛いほどわかる」と検査結果に落胆する気持ちに共感してくれ、自身の経験をもとに、けいさんが受けようか迷っていた自家末梢血幹細胞移植を後押し。「次が最後の治療です。絶対治るから」と励ましの言葉を送ってくれました。
「読んだとき、涙があふれました。みんな頑張っている、闘っているのは俺だけじゃないんだって思って」
勇気をもらったけいさんは、自家末梢血幹細胞移植を受けようと決心しました。自家末梢血幹細胞移植とは、あらかじめ採取して冷凍保存した自分の造血幹細胞を大量の抗がん剤治療などの後に体へ戻す治療のことです。通院していた医療機関ではその治療を受けることは難しかったため、けいさんは、自家末梢血幹細胞移植が受けられる病院探しに奔走しました。
受け入れ先がなかなか見つからず、悩みもしましたが、諦めずに病院を探し続けていると、「まだまだできることはあるから治療しましょう」と言ってくれる医師と出会うことができました。
こうして、けいさんは2023年3月に自家末梢血幹細胞移植を受けることができたそう。そして、2か月後の2023年5月、医師から寛解であると告げられました。
約1年に及ぶ治療を乗り越え、再び穏やかな日常を取り戻すことができたけいさん。後編では、現在のけいさんの様子や闘病中でも前向きな姿勢でいられた理由をお聞きしました。
(古川 諭香)