仕事・人生
「関ケ原の戦い」との出合いが人生を変えた 茨城出身女性が関ケ原に移住したワケ
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「好き」という気持ちが、人生を動かすことがあります。茨城県出身の白石茉莉衣さんは、東京の大学を卒業後、縁もゆかりもない岐阜県の関ケ原町役場に就職し、移住しました。その背景には、幼いころから関ケ原の地に抱き続けてきた思いがあったといいます。移住に至る経緯や、暮らして感じた町の魅力、関ケ原での仕事のやりがいなどを伺いました。
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歴史の授業よりも前に出合った「関ケ原」
白石さんが歴史の世界に目覚めたのは、小学校の低学年のころでした。学校の授業で歴史を学ぶよりも、ずっと前のことです。
「兄と遊んだゲームが歴史(戦国時代)に触れるきっかけでした。ゲーム内の戦国武将のかっこいい技や武将同士の熱いドラマなど、幼いながらも、とても感動したのを今でも覚えています」
そのゲームのなかで、関ケ原の戦いはクライマックスとして描かれていました。徳川家康と石田三成がそれぞれの信念をかけて戦う姿に心を打たれ、「そのときから私にとって『関ケ原』は特別な場所でした」と振り返ります。
実際に初めて関ケ原を訪れたのは、大学1年生の夏休み。残暑が厳しいなか、広大な古戦場をひとりで歩き、その空気に圧倒されたといいます。
「目を凝らせば東西両軍の軍勢が見え、耳を澄ませば馬のいななきや刀がぶつかる音などが聞こえてくるような雰囲気でした。この場所で約15万もの人が、ひとりひとり異なる目的や信念のため戦っていたことに想いを馳せると、たまらない気持ちになりました」
ゲームの画面越しに感じていた「関ケ原」が、目の前に広がっている――その感覚が、後の人生を動かすことになります。
まったく縁のない関ケ原町役場へ
大学卒業後の進路を考えたとき、白石さんの頭にあったのは「関ケ原に住みたい」という思いでした。家族や友人は白石さんの決断に驚きを隠せなかったものの、これまで何度も関ケ原を訪れていたことから、最終的には応援してくれたそうです。
ただ、縁もゆかりもない土地へ、「好き」という気持ちだけで飛び込むことへの不安がなかったわけではありません。
「観光客として関ケ原を訪れた際に築いた人脈もあったので、その方々へ恩を返すためにも、関ケ原で頑張りたいという気持ちで就職を決めました」
2023年3月に大学を卒業した白石さんは、岐阜へ。慣れ親しんだ関東での生活に区切りをつけ、「好き」を頼りに新たな生活が始まりました。
