仕事・人生
「生活保護でしか生きられなくなる」 父のひと言が転機に うつ病経験者が社会復帰できた理由
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破滅的な日常を変えた“父からのひと言”
職場から離れれば、症状は落ち着くだろう。そう思っていましたが、退職後、佐藤さんは激しい希死念慮(死にたいと願うこと)を抱くようになります。記憶が突然飛ぶなどの解離症状も現れ、暮らしは一変してしまいました。
「家に引きこもるようになりました。朝からお酒を飲み、酔っ払って寝るだけの毎日を送っていました」
そんな日々に終止符を打ったのは、父親でした。自身もうつ病になったことがある父親は「このままだと、生活保護でしか生きられなくなる。家を出ていきなさい」と告げ、佐藤さんに北海道と沖縄のリゾートバイトのチラシを見せたのです。
「父なりの不器用な愛情表現でした。『既存の人間関係のしがらみが一切なく、誰も自分のことを知らない遠い場所へ飛び込んでいけ』と言われたんです」
希死念慮が強かった佐藤さんは「どうせ死ぬなら、地元の汚い川よりきれいな海が良い」と考え、沖縄の宮古島でリゾートバイトをすることを決意しました。
心の病に理解ある職場で社会復帰を叶えて

新しい職場は、バンドの演奏を楽しみながらお酒を飲めるライブバー。佐藤さんは、バーテンダーとして働き始めました。就労時には、うつ病であることをオープンにしていたそう。バイト先の人たちは心の病に対する理解があり、体調面や体力面の不安を気軽に相談できる関係性を築いてくれました。
作ったお酒を提供し、会計を終えれば、音楽に合わせて踊っていても良い――。そんな良い意味でのゆるさがバイト先にはあったため、佐藤さんは自分を追い込むことなく、社会復帰をすることができました。
心が元気になるにつれて強くなったのは、「何か良いことをしたい」という気持ち。そこで、リゾートバイトの契約が満了になったあとは帰郷し、災害復興や児童福祉関係のボランティア活動に携わるようになりました。
社会復帰を果たし、ボランティア活動に興味を持つようになった佐藤さん。そのなかで感じるようになったのは、現実のボランティア活動の内容と自身が理想とする活動内容とのギャップでした。後編では「うつCAFE」を立ち上げるまでの経緯や、そこに懸ける佐藤さんの想いをお伝えします。
(古川 諭香)