仕事・人生
「聞こえる文化も聞こえない文化も私の財産」 CODA女性が葛藤を経て見つけた自分らしい人生
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幼い頃から聴覚障害のある両親を支え、「親を守らなければ」と思いながら生きてきたという咲羅さん。聴覚障害の親を持つ、耳が聞こえる子どもである「CODA(コーダ)」として、病院や銀行での通訳をはじめ、日常生活でも親と社会をつなぐ役割を担ってきました。そんな咲羅さんが大人になって気づいたのは、「親を支えること」と「自分の人生を犠牲にすること」は同じではないということでした。自分自身をいたわる大切さに気づくまでの歩みと、CODAを取り巻く環境の変化について、お話を伺いました。
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半生を文章にしたことで「他人優先の人生」に気づいた
幼少期から両親の通訳者をし、自分のことを後回しにしてきた咲羅さん。大人になってからも、「自分を大切にする」という考えは持てませんでした。
しかし、自身の半生をnoteに綴る中で、心境が変化します。自分のこれまでを客観視したとき、「私は他人を優先し、自分のことを後回しにしてきた」と気づいたからです。
また、SNSでさまざま人と出会い、自身のこれまでを話す中で「親を支えること=何でも自分が背負い込むことではない」と気づきもしました。
「例えば、通訳オペレーターが聴覚や発話に困難のある人と聴者をつないでくれる電話リレーサービスを使えば、母の視野も広がると気づけました。親を大切に思う気持ちは変わりません。でも、親を守ることと同じくらい、自分の気持ちや人生も大切にしていいんだと思えるようになったんです」
考え方が変わると、自分をいたわる時間も少しずつ持てるようになりました。現在はジムやマッサージで体を整え、美容も楽しめるようになりました。旅行先でおいしいものを食べることも大切なリフレッシュになっているそうです。
「ストレスを溜め込まないよう、悩みをひとりで抱え込まず、信頼できる人に相談してアドバイスをもらうことも大切にしています。SNSで似た境遇の人の発信を読んだり、自分の思いや経験を発信したりすることも、気持ちを整理することにつながっています」
