仕事・人生
「聞こえる文化も聞こえない文化も私の財産」 CODA女性が葛藤を経て見つけた自分らしい人生
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電話リレーサービスに頼ることも 適度な距離感で両親を見守る日々

現在、両親とは適度な距離感を保ちながら関わっています。通訳が必要なときには役所で手話通訳を依頼したり、電話リレーサービスや遠隔手話通訳サービスなどを利用したりしてもらうようになりました。
「昔と比べると、必要なときにサポートを受けられる環境が少しずつ整ってきました。親にとっても私にとっても、うれしい進歩です」
親にも親の人生があるように、CODAである私にも自分の人生がある。だから、これからも無理をしすぎず、自然な距離感で支え合っていきたいと咲羅さんは思っています。

「CODAとして生きてきた中では、大変なこともたくさんありました。でも、聞こえる文化と聞こえない文化の両方に触れながら育ったことは、私にとって大きな財産です。その経験があるから、人の気持ちを考えたり、相手の立場に立って物事を考えたりできるようになりました」
CODAが“親の通訳者”にならなくてもいい社会を願って
咲羅さんは、CODAが親の通訳をすることが当たり前だと思わない社会になってほしいと願っています。
「今は手話通訳や電話リレーサービス、遠隔手話通訳サービスなどの制度がありますが、もっと利用しやすくなることで、親の通訳やサポートを子どもが担う場面が減り、CODAである子どもの負担も軽くなると思います。病院や役所、学校では親に直接話しかけ、必要に応じて手話通訳や筆談を活用してほしいです」
CODAは社会から「手話ができて当たり前」と思われやすいものですが、家庭環境や経験してきたことはみな、それぞれ違います。そのため、CODAの人が全員、手話を習得しているわけではないことも知ってほしいと咲羅さんは訴えます。
「通訳者にならなくてもいい選択肢だってあることを子どもが知る機会や、ひとりで悩んでいるCODAが安心して相談できる機関もあったらうれしいです」
CODAとして生きてきた経験は、私を形づくる大切な一部。だからこそ、自分の経験がCODAの現状を知るきっかけになり、聞こえる・聞こえないに関係なく、お互いを理解し、尊重し合える社会になってほしい――。
そんな咲羅さんの願いが多くの人に届くことは、当事者の生きづらさを解消する第一歩になるはずです。
(古川 諭香)


