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波瑠がラブホテルの若女将に 監督が「キャスティングの勝利」と語る『ホテルローヤル』で見せた演技とは
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内面をあまり見せない時の波瑠は「強い北海道女」そのもの
彼らを迎えるホテルローヤルの従業員も、“普通”で強い。一人息子の起こした事件に動転し姿を消すミコ(余貴美子)と、彼女を捜す正太郎(斎藤歩)。2人が心から愛し合っている姿を見て、家に寄り付かない夫・大吉(安田顕)との関係を再考する雅代の母・るり子(夏川結衣)。ボイラー室でいつも雅代やミコらと大福を食べながら、ダクトを通して聞こえてくる客の話を聞いている孤独な和歌子(原扶貴子)。みんな生きることのみを見つめている。だからこそ強いが、そこから抜け出すことはできない。
波瑠が演じるのは、ラブホテルという家業が嫌で仕方ないのに大学受験に失敗し、ホテルの女将となっている雅代だ。雅代も出口を見つけられずにいるのだが、良きにつけ、悪しきにつけ、その環境には染まっていない。ただ、ホテルを引き受ける覚悟も、出て行く覚悟もないとも言えるが。
波瑠の演技が見事だと感じるのは、その胸の内に“どうにかしたい”という炎を垣間見せるところ。無表情だが、誰も拒絶しない言動がいちいちそう感じさせるのだ。だが、特筆するのは、密かに思いを寄せるアダルトグッズ会社の営業マン・宮川(松山ケンイチ)と対峙し、敗れるシーン。この場面の波瑠は素晴らしい。
武監督もここを映画のクライマックスにしようと思った、とインタビューにあった。7つのオムニバス小説の一編にすぎないこのシーンを。また、自身ともいえるキャラクターを演じる波瑠について、桜木紫乃はこう言っている。
「美しくて芯の強い印象の波瑠さんが無表情、無言でスクリーンに映し出される時、ある種の凄みを感じました。内側をあまり見せないときの波瑠さんは、わたしの知る“強い北海道女”そのものでした」
コロナ禍の今だからこそ響く物語
ホテルというのはとても不思議な場所だ。外からはシェルターのように安心できる居場所に見えるが、中に入ってしまうと外と隔絶されているように感じられる。ホテルの中だけで世界が1つ構築されるような感覚。
相米慎二監督の『ラブホテル』(1985)のラブホテルも、寅次郎が働いている実母を訪ねる山田洋二監督『続 男はつらいよ』(1969)の“グランドホテル”もそんな場所だからこそのドラマが展開していく。雅代が出られない理由は、そこにもあると思う。
武監督は「最後に雅代を救ってあげたかった」と言う。
「さまざまなしがらみによって、がんじがらめになっている彼女に、そこから逃げてもいいんだよと言ってあげたかった。逃げることは悪いことではない。積極的な逃避があっていい。最後に肩の力を抜いてふっと笑う雅代の決断に共感してもらえるのではないか」
世界との距離感は、新型コロナウイルスの影響でこもる生活が続く現在、さらにリアルに感じられ、“出たいのに出られない”もどかしさを描く『ホテルローヤル』により共鳴してしまう。
武正晴監督が本作を北海道・釧路で撮影した2019年の春は、まだ世界がこんな事態に陥るとは思いもよらなかっただろう。脚本家の清水友佳子とともに小説を換骨奪胎し、映画として再構築した時、武監督が変えなかったのは始まり方と終わり方だった。
私はそれを、それでも人生は続く、というメッセージだと受け取った。逃げていいし、今はできなくても、終わりではないという。
『ホテルローヤル』11月13日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国ロードショー 配給:ファントム・フィルム (c)桜木紫乃/集英社 (c)2020映画「ホテルローヤル」製作委員会
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。