カルチャー
どうせなら意義ある寝正月 年始に観たい“新しい年への活力を与えてくれる”映画5選
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重なる歳月の中、年が切り替わる瞬間には意味がある!
<大晦日はリセットの日!『THE 有頂天ホテル』>
大晦日のホテルを舞台にした、三谷幸喜監督の“グランドホテル形式”コメディ『THE 有頂天ホテル』(2006)。オールスターキャストそれぞれに物語があり、ロビーやカフェ、宴会場、チャペル、スイートルーム、バーなどホテルが持つ設備すべてが芝居場となっている。
昔の正月映画には、その映画会社の所属スターが全員出演した。その習慣は希薄になったとはいえ、2006年1月に公開された本作はまさに王道の正月映画の面持ち。出演するのは皆、主演級の俳優たちだ。
年越しパーティーでカウントダウンをやることにしか興味がない総支配人(伊東四朗)。彼に代わってすべてを仕切る副支配人・新堂(役所広司)。彼を補佐するアシスタントマネージャー・矢部(戸田恵子)。議員の愛人としてかつて騒がれた客室係ハナ(松たか子)。そんなハナの働くホテルにうっかり宿泊してしまった汚職疑惑中の件の議員・武藤田(佐藤浩市)。
豪華キャストはまだまだ続く。新堂の元妻・由美(原田美枝子)。由美の今の夫でホテルのマン・オブ・ザ・イヤーを受賞した堀田(角野卓造)。堀田と武藤田の間を行き来するコールガールのヨーコ(篠原涼子)。死にたがりの演歌歌手・徳川(西田敏行)。ラストは、彼らが持つ伏線すべてが回収されていく小気味良さを味わえる。
そもそも最初のトラブルは、年越しパーティで使う垂れ幕の字が「謹賀信念」と間違っていたこと。これを書き直すエピソードでフィーチャーされる、気の弱いホテルの筆耕係もオダギリジョーという豪華さだ。
すべての人にとって最悪の日となりそうな大晦日を救うのは、ミュージシャン志望のベルボーイ・憲二(香取慎吾)の歌と、コールガール・ヨーコの「何のために大晦日があると思うの? 明日から新しい年になるの。年が変わればいいこともあるわ」の一言。この言葉、まさに真理。2020年の災いは持ち越さず、リセットしていきたいとしみじみ思わせてくれる映画だ。
<止まっていた時間が動き出す『フォレスト・ガンプ 一期一会』>
チェックのシャツにカジュアルなスーツを着て、チョコレートの箱を抱え、汚れたスポーツシューズを履いた男を信頼したり、尊敬したりする者は少ない。ましてやその男がバス停前の待ち合いベンチに座り、要領を得ない昔語りを始めたのであればなおさら。ロバート・ゼメキス監督の『フォレスト・ガンプ 一期一会』(1994)は、知能と身体能力にハンデを持つ少年フォレスト(トム・ハンクス)の成功譚ともいえる。
ケネディ大統領、ニクソン大統領、ジョン・レノンらと出会い、ベトナム戦争出兵、ウォーターゲート事件、ハリケーン・カルメンなど歴史的出来事に立ち合い、亡き戦友ババ(ミケルティ・ウィリアムソン)との約束を守り、小隊長だったダン(ゲイリー・シニーズ)と「ババ・ガンプ・シュリンプ」を始めたフォレスト。ババ・ガンプは大企業となり、ダンはその資金を上場前の果物会社(アップル)に投資。それによって彼らは人生の成功者となった。この胡散臭げに聞いていた人々が、徐々に目を丸くしたり、羨望のまなざしになったりしながら、引き込まれていく様子が面白い。
フォレストが運命を変えたのは、バス停での昔語りよりずっと以前。ベトナム戦争従軍中、彼は、両足を失い、死にかけていたダン小隊長を救出した。だが、ダンはフォレストを逆恨みしている。足とともに生きる可能性を見失ってしまったから。
そんな2人は、クリスマスのニューヨークで再会する。そして大晦日の夜、人であふれかえるニューイヤー・パーティーで、フォレストはダンに打ち明ける。「除隊後は、ババとの約束を守り、エビ採り船を買ってエビ漁を始めるつもりだ」と。ダンは「お前がエビ採り船の船長になる日が来たら、俺が一等航海士だ」と自嘲気味に笑う。
そのパーティーの流れで、2人はそれぞれ「身障者」「愚か者」と一番嫌いな言葉を投げ付けられる。暴言ではあるが、それは事実。でも、それを受け入れる余裕、凌駕する“何か”を持っていないので、より堪える。
この狂乱のパーティーで「新年って大好き。またやり直せる」と知らない女性がフォレストに言う。そのフォレストは、ダンに言う。「ハッピー・ニューイヤー」。この時、凌駕する“何か”を勝ち取るために、彼らの時間が動き始めたように思えた。新年とは国を問わず、何か大いなる気付きをもたらすタイミングなのかもしれない。
<すぐには分からないものを知る『日々是好日』>
茶道を通して春夏秋冬が描かれる、黒木華、樹木希林主演、大森立嗣監督の『日々是好日』(2018)こそ、お正月に観てほしい一作だ。原作は、森下典子の自伝的エッセイ「日日是好日-「お茶」が教えてくれた15のしあわせ-」。日々積み重ねてきたものが大切なものへと変化していく様を細やかに描いている。
20歳の時に、近所の武田さん(樹木)から茶道を習い始める典子(黒木)と従姉の美智子(多部未華子)。素人の2人は、その所作や順番にどんな意味があるのかと問うが、「お茶は形なのよ。初めに形を作っておいて、後から心が入るものなのね。何でも頭で考えるからそういう風に(なぜだと)思うのね」と武田さんに言われる。武田さんが、武田先生になった瞬間だ。
小さい頃、家族で観に行ったフェリーニの『道』(1954)は、典子にとってまったく理解できない映画だった。しかし、大人になった今、『道』は「すっごい映画。これで感動できない人生なんてもったいないと思った」という存在に変化した。それを聞いた美智子は指摘する。「もしかするとお茶ってそういうものだったりして。あんたお茶好きでしょ」と。
そんな美智子は結婚し、お茶をやめてしまう。一方の典子は、出版社の試験に落ち、彼と別れ、両親との時間をあまり作れずにいる中で父を亡くす。失意の典子を支えたのは、お湯と水音の違いなどを楽しめるようになってきた茶道と武田先生だった。
典子が茶道を始めて最初の初釜は戌年だった。茶碗に描かれる丸い動物が犬であることに笑い転げながら、次にこの器を使うのは12年後であることに驚き、人生で3~4回しかない茶碗との邂逅に感心する。そして12年後、再び回ってきた戌年。「同じことができるってことは幸せなんだなあ」という武田先生の言葉がしみる典子。
人生には、すぐに分かるものと、すぐには分からないものがある。どちらが良いわけではないが、長い時間をかけて少しずつ理解したものからは、並走した時間が醸した何かが感じられるのではないか。本作は、その喜びについて知る映画なのだ。
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。