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井上真央の“愛されぶり”は撮影現場の照明で分かる!? 共演者とスタッフの心を掴む理由とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

助手ではなく照明技師が自ら手持ちライトを当てた作品も

 これまでに2度、井上の芝居を撮影現場で拝見したことがある。

 最初は『怪談』(2007)。明治時代、三遊亭圓朝によって創作された怪談噺「真景累ヶ淵」を、中田秀夫監督が尾上菊之助と黒木瞳を主演に映画化したもの。井上は顔に傷を負った元恋人(黒木瞳)をないがしろにし、死に追いやった美貌のタバコ売りの新吉(尾上菊之助)の新たな恋人・お久を演じていた。

 雨の中を歩く新吉とお久。やがてお久が何かに足を取られ、ぬかるみに転ぶ。つまずいた原因は、お久の足を切り裂く鋭利な鎌だった。この芝居の最中、照明の中村裕樹氏は怪しい光を足すために、手持ちライトで井上にスポットを当てた。助手ではなく、照明技師が自ら手持ちライトを当てることは珍しい。

 2度目は『カツベン!』(2019)。映画に音声がなかった時代、その場で演技して映画に声を付けた“活動弁士”を描く周防正行監督の作品だ。井上は活動弁士として人気を得ていく若者・俊太郎(成田凌)を憎からず思うライバル興行主の娘・琴江を演じた。

 幼なじみで女優の思い人・梅子(黒島結菜)がいる俊太郎は、彼を引き抜こうとする琴江(井上)の恋心に気付かない。プライドの高い琴江も、素直に気持ちを伝えることなどできない。そんな2人が梅子をかけてにらみ合うシーンで、負けた琴江は俊太郎にキスをする。諦めのキス。でももしかすると、俊太郎の心を動かせるかもしれないキス。

 そんなキスシーンで照明技師の長田達也氏は、井上の顔半分に陰影が出るように照明を微調整する。井上が目を伏せた瞬間、光が当たったまつ毛が頬に憂いを落とす。次にまっすぐに俊太郎を見据えると井上の目にキャッチが入り、覚悟の宿る美しい表情になった。

 心をとろかせることを願う覚悟を決めた琴江の妖艶なキス。その真意は俊太郎に届かないものの、現場のスタッフには届いた。カットがかかった瞬間、スタッフから漏れた「ふー」とも「はぁ」ともつかぬ、ため息。切ない気持ちを表に出すことを良しとしない琴江なりの結末のつけ方。それを演じた井上の演技にスタッフが魅了された瞬間だった。

 子役時代から活躍し、ドラマ「花より男子」(2005、2007/TBS)、連続テレビ小説「おひさま」(2011)、大河ドラマ「花燃ゆ」(2015/NHK)、映画『花より男子F』(2008)、『八日目の蝉』(2011)、『白ゆき姫殺人事件』(2014)などで主演を張ってきた井上は、ドラマ「明日の約束」(2017/CX系)でのインタビューで「この仕事はスタッフのみんなと一緒に山を登り、一緒にゴールするような達成感がある」と話している。

 現場でのあり方やどんな役にも真摯に臨む井上の姿勢が、スタッフや共演者の心をとらえるのだ。「おひさま」と「花燃ゆ」の共演者として井上を間近に見ていた高良健吾も、「スタッフ、キャスト、現場に対する座長としての向き合い方が素晴らしかった」と証言していた。

 大人の俳優として緩急押引の呼吸に磨きがかかり、美しさに内面性がにじみ出るようになった井上真央のさらなる未来に期待したい。

『大コメ騒動』1月8日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか全国公開 配給:ラビットハウス、エレファントハウス(c)2021「大コメ騒動」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。