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カルチャー

有村架純が持つ登場人物の感情を読み取る力 全編を通じ自身であり主人公である理由とは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

坂元脚本と有村架純の見事な化学反応

 坂元氏の作品は、固有名詞などディテールが詳細に書き込まれることで知られる。本作にも2人の驚くほど似ている趣味としてさまざまな固有名詞が登場するが、観ている私たちもそこにグッと掴まれる。

 まず21歳大学生の絹と麦が、それぞれ別の理由で行けなかったワンマンライブが芸人の「天竺鼠」。2人が出会った後、最初の共通点と認識したのが押井守。以下、2人が履いているコンバースのジャックパーセル、読んでいる文庫本、文庫本のしおりに映画の半券を使う癖、きのこ帝国やフレンズなどの好きなバンドと続く。

 麦のアパートを訪ねた絹は、宮沢賢治や阿佐田哲也、穂村弘、長嶋有、三浦しをん、朝井りょう、ほしよりこ、荒木飛呂彦、手塚治虫などが並ぶ本棚を見て、「ほぼうちの本棚じゃん」と感想を述べる。これはたぶんもう愛の告白なのだと思う。

 本作の有村架純は非常に魅力的だ。2時間4分を通して有村架純でありながら、まったくの絹である。

 坂元氏は演者としての有村架純を「登場人物の感情を読み取る力とそれを表現する力が素晴らしいですね」と評している。「最低限の表現の変化で、あらゆる感情をお客さんに伝えることが出来る。仕事をしたことがある作り手はみんな、感情表現のハードルを有村さんがたやすく超えていくことに完敗した思いがあるんじゃないかなって」と。

 坂元氏にそう感じさせたのは、脚本を手がけたドラマ「いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう」なのではないか。「恋は生きるためにするものではない」と全力で語った有村のヒロイン像に。

 2018年の「中学聖日記」(TBS)での有村はまた、男子中学生と女性教師の恋という問題になりかねないテーマをギリギリ成立させてみせた。その有村の演技こそ坂元の言う「最低限の表現の変化で、あらゆる感情をお客さんに伝えることができる」ものなのだと理解する。本作は土井裕泰監督の演出のもと、そんな有村の演技が魅力的に活かされている。

 同じものにときめき、価値観を共有してなお一緒にはいられない本作の2人は、同じタイミングで涙をこらえる。だが、先に大粒の涙を落とすのは麦だ。絹は震える唇を手で押さえて耐える。

 その有村の生み出したわずかな間が、なぜかこの先、2人の人生がまた交差するような気にさせる。今はまだ何者にもなっていない自分たちにできるのは、その間が埋まるまでこらえることだけだと。いや、この“花束みたいな奇跡の恋”が、そう願う気持ちにさせるのかもしれないが。

『花束みたいな恋をした』2021年1月29日(金)TOHOシネマズ日比谷ほか、全国公開 (c)2021『花束みたいな恋をした』製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。