Hint-Pot | ヒントポット ―くらしがきらめく ヒントのギフト―

カルチャー

長澤まさみの偉大なる才能、その価値を認めていないのは本人? ヒール役で表現した「清と濁」

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

西川監督『すばらしき世界』ではやり手のテレビプロデューサーに

 やり手テレビプロデューサーの吉澤。これが西川美和監督の最新作『すばらしき世界』で長澤が演じた役だ。吉澤は、元殺人犯である三上(役所広司)が自分のことを記した膨大な“身分帳”に目をつけ、三上を主人公に据えた感動のドキュメンタリーを作ろうと考える。そしてその仕事を、テレビ制作会社を辞めたばかりの津乃田(仲野太賀)に発注。紆余曲折ありながらも、津乃田は三上が生きていく様を目の当たりにしていく――。

 人生の大半を刑務所で過ごした男が出所し日常と向き合った時に起こることを、ドキュメンタリー色強く描いた小説の映画化だ。原案となった佐木隆三の「身分帳」には、長澤が演じた三上のドキュメンタリー番組を企画したテレビプロデューサーの吉澤も、仲野が演じた元テレビマンの津乃田も登場しない。2人は映画のためのキャラクターだ。それゆえ、西川監督の演出上の意図が込められているはず。津乃田が物語を噛み砕いて観客に届ける狂言回し的役割だとすれば、長澤には何を任せたのか?

 西川監督の作品には勧善懲悪は存在しない。どんなキャラクターにも闇があり、正義がある。長澤自身がとらえる吉澤像は「ドライで鋭い」。“いい番組”を作るためには容赦なく取捨し、必要なものを得るためには嘘もつく。迷いがあり自信がない時は虚勢を張る。例えば、三上が元殺人犯であることに躊躇する津乃田に「そこが面白いんじゃん」というように。

 プレス向け資料では、吉澤は“やり手”と形容される。この時点で胡散臭さが漂う。しかも津乃田のよれよれっぷりに比べ、彼女はトレンドを押さえたブランド物を着ている。例えば、白いロングスカートにピンヒール。現場の仕事には向かない服だ。たぶん彼女は津乃田がいなければ“完成形”を手にできないことを分かっている。そういう計算ができるプロデューサーだ。

 西川監督は長澤と衣装合わせの際、吉澤のキャラクターについていろいろ話したという。見た目のアイデアはその際に生まれたのだろう。表層的な吉澤とその内面のギャップを作ったというか、誰しもがそうであるということを強調したというか。ヒールキャラには単純に落とし込めない。

 津乃田と吉澤は、三上にドキュメンタリー出演を承諾するよう説得する。「まともに生きようとしてもそのきっかけも掴めないでしょう」と三上を揺さぶる津乃田に、吉澤はこう言う。「社会全体の話なのよ。(今の社会の仕組みでは再起できないから)元犯罪者が社会からはぐれた末にやることといえば、また一般人に危害を加えることくらい。だけどきっかけがなければ誰も自分事だとは思わない。三上さんが壁にぶつかったり、トラップにかかりながらも更生していく姿を番組にしたら、視聴者には新鮮な発見や感動があると思う」と。

 これは吉澤の本音だろう。一見チャラいが、元犯罪者が社会に戻っていくことを自分事として考える世界を作る必要があると考えている。そのきっかけを自分がプロデュースして話題作とするのだ。清と濁。少なくとも長澤の演技からはそう感じられた。

 もう1つ、清濁併せ呑む吉澤を堪能できるシーンがある。腰が引けた津乃田を、吉澤がピンヒールで追い詰める場面。「あんたみたいのが一番何にも救わないのよ」と言い放つ吉澤の言葉には説得力がある。

 撮影期間は短かったという長澤が、少ない登場シーンで吉澤というキャラクターをここまで作り込んだことに改めて驚く。西川監督との相性もいいのだと思う。もっとメインで出る西川作品を期待したくなる。

『すばらしき世界』2021年2月11日(祝)全国公開 配給:ワーナー・ブラザース映画(c)佐木隆三/2021「すばらしき世界」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。