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貧困層の季節労働者として実際に働いて撮影 米演技派女優が得たものとは『ノマドランド』

著者:関口 裕子

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(C) 2020 20th Century Studios. All rights reserved.
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 貧困問題についての報道を目にする機会が増え、コロナ禍における自身の将来について考えた方も多いでしょう。金銭とは必要不可欠なものですが、それがすべてはないと思う気持ちも。米アカデミー賞の有力候補とされる『ノマドランド』は、米国で車上生活を続ける高齢労働者たちをテーマにした作品です。暗い内容を想起しますが、観賞後はどこかに光も見えるような。それは一体なぜか? 主演した米女優フランシス・マクドーマンドの存在によるもの大きいと考える映画ジャーナリストの関口裕子さんに、本作を解説していただきました。

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輝かしい経歴を持ちながらシュールな視点を失わない演技派俳優

 このご時世、在宅勤務の方も多いと思う。オフィスで仕事をしていた頃、毎日のように訪問販売の飲料を飲んでいたが、皆がリモートになった今、あの販売員さんはどうしているのだろう。もちろん、自分自身の行く末だってままならない。いつかはウイルスも沈静化するだろうが、老いていく中、生きる術と活力は継続するだろうか? 

 そんな不安を反すうし、思考がマイナスになっていた時に観た『ノマドランド』はまさにその現実を捉えた映画だったが、驚くことに観終えた時には少し気持ちがプラスへと転じていた。たぶんそこには、主演を務めたフランシス・マクドーマンドという人物の在り方が大きく貢献しているのだと思う。

 フランシス・マクドーマンドは、コーエン兄弟の『ファーゴ』(1996)、マーティン・マクドナー監督の『スリー・ビルボード』(2017)でアカデミー賞主演女優賞を2度受賞している演技派だ。また、演劇では「グッド・ピープル」(2011)でトニー賞演劇部門主演女優賞、ドラマでは「オリーヴ・キタリッジ」(2014)でプライムタイムエミー賞主演女優賞 (リミテッドシリーズ・テレビ映画部門)を受賞し、映画と舞台、テレビの最高賞をすべて受賞する偉業を達成している。

 そんな輝かしい経歴のマクドーマンドだが、彼女自身は授賞式など晴れの場に出るのが大の苦手。夫のジョエル・コーエンと兄のイーサン・コーエン(コーエン兄弟)がアカデミー賞授賞式の演出を頼まれた時には「ぜひコニーアイランドでやるべきだ!」と主張したとか。大衆的な遊園地のあるコニーアイランドでなら、人々がどんなにきらびやかに着飾っても“見世物”という位置づけで理解できるからだという。シュールだ。

米国の漂流する高齢労働者たちを描く米アカデミー賞候補作

 表舞台に立つのが嫌なあまり引退も考えたというマクドーマンドの最新作『ノマドランド』は、彼女と共同製作者のピーター・スピアーズが映画化権取得に意欲を燃やした作品。またも米アカデミー賞に最も近いとされている。

 原作は、車上住宅で暮らす米国の高齢ノマド(放浪者)労働者たちを綴ったノンフィクション書籍「ノマド: 漂流する高齢労働者たち」(春秋社刊)。ジャーナリストのジェシカ・ブルーダーが3年にわたって取材した本書は、まさか晩年に自分が放浪生活を送るとは夢にも思っていなかった人々の証言集だ。「興味深いのは、現在、とても多くの人々が路上で暮らしていることです。……単なる経済状況だけではなく、人類は進化していて、路上で暮らすという動きもその一部なのだと思います」とマクドーマンドは言う。

 そんなマクドーマンドが演じたのはノマド労働者の1人、ファーン。何十年も石膏採掘で栄えた町が、会社の経営破綻により消滅。家も仕事も夫もなくし、すべての思い出を古びたバンに詰め込んで放浪生活を送るようになった女性だ。

 映画はフィクションながら、登場する人物を演じているのはブルーダーの著作にも登場する本物の高齢ノマド労働者たち。俳優ではない人物を配役するのはクロエ・ジャオ監督のスタイルだ。登場人物を本人が演じているので、言葉の一つひとつがリアルに響く。

 中国出身のクロエ・ジャオを監督に選んだのも、マクドーマンドとスピアーズ。『スリー・ビルボード』が観客賞を受賞したトロント映画祭で、ジャオ監督の前作『ザ・ライダー』(2017)を観たマクドーマンドは「私たちの監督がいた」と興奮してスピアーズに電話をしたのだそう。『ザ・ライダー』は、大怪我を負ったカウボーイがアイデンティティや生きる意味を見い出すまでを、モデルになったカウボーイ本人が演じた作品だ。