カルチャー
貧困層の季節労働者として実際に働いて撮影 米演技派女優が得たものとは『ノマドランド』
公開日: / 更新日:
現代の季節労働者たちが家という“安定”を手放した先にあるもの
ノマド労働者たちは、仕事を求めて車で移動し、その仕事が終われば次の場所へと移動する。例えば年末のかき入れ時なら大手通販企業の倉庫でピックアップの作業をし、夜は同社が借り上げたRV(recreational vehicle)パークで寝泊まりする。季節が終われば、仕事やつかの間の休暇を求め、躊躇なく次の場所へと移動していくといった感じに。
米国映画の名作『怒りの葡萄』(1940)や『サイダーハウス・ルール』(1999)でも貧困を描く過程で季節労働が取り上げられるが、『ノマドランド』は格差ではなく、誰でも陥る可能性があると示唆する。
ファーンらが働くシーンが撮影された大手通販企業の倉庫は実際の場所を借りたという。無機質に広い倉庫で黙々とピッキング作業をする高齢者たちの姿に、我々は衝撃を受けるが、彼らに悲壮感はない。低賃金でハードワークだが、仕事は仕事。季節労働者である自分たちが生きていけるのも仕事があるからだと割り切っている。
マクドーマンドは、ファーンが車上生活に踏み出した理由についてこう語っている。「路上に出たのは、家に住む選択肢がないからだけではありません。家が提供できない何かを、彼女は路上で探しているのです」と。
そこは米国とは少し異なるのだろう。私たちは家という“安定”を手放すことに言いようもない恐怖を感じる。たぶん狭い日本では定住地を持たない=行く場所がない。そして社会参加権を手放した人と認識される傾向があるからかもしれない。
だがファーンたちは、「私たちはホーム(拠点)レスではなく、ハウス(家)レスだ」と胸を張って答える。ブルーダーも「食べるものや住む家と同じくらい、私たちには希望が必要なのだ。そして、その希望が路上にはある」と書く。「アメリカという国の大きさと同じだけ、大きなチャンスがあるという、深い確信だ」と。
日本で“ハウスレス”が増えた場合の“夢”は何になるのだろうかと、考えてしまう。
ノマド労働者として実際に働いたマクドーマンド そこで得たものとは
自分で自分を演じるスタイルの本作で、俳優はマクドーマンドとファーンを憎からずと思い始めるデイヴィッド・ストラザーンのほぼ2人。そのためジャオ監督は、マクドーマンド自身の生活からもエピソードや物理的な道具などをピックアップし、映画に引用したという。
マクドーマンドが大学の卒業祝いに父親から贈られた落葉模様の皿や趣味の編み物、ファーンの妹役に扮した古くからの友人とのリアリティのある言い争いなどが作品に登場する。だが、夫であるジョエル・コーエンらをキャスティングしたいというジャオ監督の申し出はきっぱり断った。
その理由は、俳優とは自分の中にあるものを引きずり出し演じてはいるが、それは自身ではなく「その作品に合うように作り上げたイメージだから」だという。
どういうふうに振舞うと、人は自分にどんなイメージを持つのか。それを理解したのは小学校の時で、以来、演技することに興味を持ち、高校生の時「マクベス」のマクベス夫人を演じたことをきっかけに演技者の道を意識したと語っている。
よって、本作でのマクドーマンドは“話題の人”ではなく、1人のノマド労働者になりたかったのだ。大手通販企業の配送センター、ビーツの収穫、国立公園のキャンプ地の整備係として実際に働きながら撮影を進めたが、ほとんど気付かれることはなかったとうれしそうに語っている。
本作には現代への問題提起もある。だがマクドーマンド主に、路上に生きる人々がいること、彼らがある種の“夢”だと感じていること、その“夢”とは何を示すのかを伝えたいという思いで取り組んだ。
彼女は実の親を知らない。自分自身が暮らしに困窮していたかもしれず、またいつ路上に踏み出すか分からないと思っている。マクドーマンドがこの原作に惹かれたのは自分もまたその1人と共感したからかもしれない。
ファーンとして生き、ノマド労働者の一員になり切った時に何を受け取ったのかとジャオ監督に問われると「深い謙虚さ」、そう彼女は答えた。
『ノマドランド』2021年3月26日(金) 全国公開 配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン (C) 2020 20th Century Studios. All rights reserved.
(関口 裕子)
関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)
映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。