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カルチャー

自他ともに認める“昭和顔”の松岡茉優 目指すは「複雑な味のする女優」

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

映画最新作では老舗出版社の新人編集者

 吉田大八監督・大泉洋主演の『騙し絵の牙』(2021)で演じた新人編集者・高野恵は、没頭型からさらに離れ、共感度の高い実直で知的かつシンプルなキャラクターだ。

 編集者とは、会社員でありながらクリエイターでもあり、一匹狼的というか、つるむのが苦手な人々でもある。編集者それぞれが必死になるのは、担当作家とのモノづくりにベストな状況を作り出すこと。売れる本を作るという目的は共通していても、編集者同士の連帯みたいなものはさほどなく、それぞれが自分の抱える作家と作品を作り上げ、それを集めたものが雑誌、単体で発行されるものが単行本となる。

 とはいえ、やはり会社員。会社の利益、人間関係を無視することはできない。ましてや出版不況の中、事業の立て直しを模索する業界だ。経営に近いところでは再建の方向性について、激しい議論が繰り広げられているだろう。本作では老舗出版社の経営者と編集者、作家たちの人間模様が描かれている。

 松岡が演じる恵は、出版社で“本誌”と呼ばれる文芸誌の編集者だったが、会社存続をかけた戦いの渦中にあるカルチャー誌の編集長・速水(大泉洋)に引き抜かれる。文芸誌とは体質の異なるカルチャー誌は主戦場。異動したことで社内政治にも巻き込まれる。

 大上段にかまえる大御所小説家との駆け引き、有望な新人作家の奪い合い、作家業に進出させた人気モデルの不祥事、姿を消したかつてのベストセラー作家の追跡など目まぐるしく事件は起きる。だが、恵はその若さと実直な性格から、権力者だろうが大御所だろうが理不尽に屈せず、歯に衣着せることなく言葉を返していく。それが何事もはっきりしないこのご時世、小気味いい。大御所の小説家や、さまざまな罠を張る速水編集長にきっぱり言い放つ正論も、応援したくなりこそすれ嫌みはない。

「恵が素敵なのは、その場の空気に流されないところ。まっすぐすぎて面倒くさい人に見えないよう、共演者とのバランスを考えながら試行錯誤した」と松岡は語る。芸歴18年の経験値と、安易なことでは振り回されない知性が活かされている。

“ミリ単位で演出する”と言われる吉田監督の現場は緻密だ。本作は『桐島、部活やめるってよ』に続く2度目のオファー。「今まで自分に起きたすべてのことにありがとうと言いたいくらいうれしく、自信が持てた」と話している。ちなみに『桐島、部活やめるってよ』は松岡にとって、「二度と帰ってこないかけがえのない青春のような一生ものの作品。共演した皆で足並みを揃えて新しい扉を叩いたように感じた」そうだ。

 吉田監督も松岡を高く評価する。恵は社内で渦巻く戦いに最後まで翻弄されるが、最後に彼女(松岡)のアップを撮影した時、「松岡がいかに豊かな時間を過ごしてきたかがあの表情に凝縮されている」と感じ、その成長の幅に驚いたという。

追求するのは単純な“麗しさ”ではない

 自分と同世代の俳優は「見目麗しい人ばかり」だと言う松岡。彼女が重要な作品の1つだと言う「問題のあるレストラン」(2015・フジテレビ)の共演者を確認すると、真木よう子、東出昌大、二階堂ふみ、高畑充希、菅田将暉と、確かに今や全員が主演俳優という麗しさだ。でも、たぶん松岡の追求するのは単純な“麗しさ”ではない。

「複雑な味のする女優になりたい」と語る彼女は、いろいろな生き方をしている方といろいろな出会いをすることが自分の糧になっていると感謝する。

『万引き家族』で樹木希林やリリー・フランキーのそばにいたことも、「やすらぎの郷」(2017・テレビ朝日)に出演したことも、『騙し絵の牙』で大泉洋や國村隼、佐藤浩市と語り合ったことも、町のラーメン屋さんでおいしいラーメンを食べることも、彼女にとって等しく重要なのだ。

 垣根を作らない。自分から人との間に戸を立てない。これは結構すごいことだと思う。そうやってどんな人とも、飾らない素の姿で相対することで、多くのものを見聞きして豊かを享受してきた松岡。バラエティ番組で長期休暇より主演作が欲しいと即答していたが、次はそんな人生の先輩たちと渡り合う重厚な作品を、彼女主演で観てみたいと心から思う。

 
『騙し絵の牙』(c)2021「騙し絵の牙」製作委員会 2021年3月26日(金)全国公開

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。