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仕事・人生

「ありがとうね」最後に聞こえた母の声 50代姉妹が挑んだ在宅介護の4年間

公開日:  /  更新日:

著者:和栗 恵

初めての経験ばかり 特に苦労したケアは“摘便”

 ある程度は自宅介護の大変さを覚悟していた治子さんでしたが、やはり「思っていた以上に大変だった」と振り返ります。

「洗濯物は毎日たくさん出ますし、食事は誤嚥しないよう配慮して料理しなければなりません。とにかくやらなければならないことがたくさんあり、身体が慣れるまではつらくて、よく娘に電話をしては弱音を吐いていました」

 それでも実家のある地域は在宅医療制度が整っており、医師や看護師、ヘルパーがマメに訪問してくれたため、とても助かったといいます。

「最初は介護ケアの仕方をまるで知らなかった私たちですが、寝たきりの母を寝返りさせる方法や、食事の摂らせ方など、丁寧に教えていただきました。母は私たちの慣れないお世話を受けながらも、家に戻れたからか泣きごとを言わなくなり、笑顔を見せるようになりました」

 夜は母親の隣に布団を敷き、親子3人で川の字になって眠りました。そして、朝から晩まで必ず治子さんか妹さんのどちらかが母親のそばにいるようにし、交代しながら買い物や息抜きを行ったそうです。

 そうした中、一番大変だったのは「嫡便(てきべん)」だったと治子さん。嫡便とは、自力で排便できない患者に代わり、他者が指を使って便を掻き出すことを言います。

 はじめのうちは訪問介護のヘルパーさんがやってくれていましたが、母親があまりに恥ずかしがるため、治子さんと妹は何とか嫡便の方法を覚えることに。以来、自分たちで処理するようになりました。

「まさか母親の排便を手伝うことになるなんて思いもしませんでした。嫡便だけは、何度やっても慣れることはなかったです」

「それでも母の笑顔が見られるなら!」……治子さんはそう思い、在宅介護の日々を過ごしていました。

母の最期 妹と介護できたのはラッキーだった

 昨年秋、誤嚥性肺炎での短期入院や症状の悪化を繰り返していた母親に、最期の時が訪れました。治子さんと妹が母の横でうつらうつらと舟をこいでいたその時、

「ありがとうね」

 そんな微かな声が聞こえたといいます。

「妹と2人してハッと目を開けると、ちょうど母が息を引き取る瞬間でした。その時、母が息をスゥッと吸ったんです。『ああ、だから死ぬことって息を引き取るって言うんだなぁ』って、母の顔を眺めながら、そんなことを考えていたのを覚えています」

 こうして、治子さんたちの在宅介護生活は、4年で終わりを告げました。

「夫に多大な迷惑をかけたし、大変なことはいろいろありましたが、母が死んだ後、自分でも驚くほど晴れやかな気持ちになれました。妹も同じ気持ちだったようで、2人で『私たちがんばったね!』と手を取り合い、互いを褒め合いました」

 治子さんたちは母親と精いっぱい向き合い、1つの後悔もなかったと言います。

「母の願いを聞いてあげることができた、母の最期を看取ることができた、この満足感は何事にも代えがたかったと思います」

 1人ではなく、気心の知れた姉妹2人で介護に挑んだこと。これは「とてもラッキーなことだったのでは?」と治子さん。

「ひとりきりでの介護は絶対におすすめしません。つらくなる一方なので。在宅介護をするなら、人手が……いえ、信頼できる手が2つ以上ある場合に限った方がいいと思います!」

 在宅看護か入院かは、介護をする家族にとって究極の選択と言えるでしょう。どちらであれ、残された家族が後悔しないようにすること。これが介護をする上でとても大切なことなのですから。

(和栗 恵)