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吉永小百合『いのちの停車場』 76歳の今だからこそ新たに選んだテーマとは

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

新作『いのちの停車場』で選んだテーマは在宅医療

以前から医師を演じてみたかったという(c)2021「いのちの停車場」製作委員会
以前から医師を演じてみたかったという(c)2021「いのちの停車場」製作委員会

 そんな吉永小百合が新たに選んだのが、注目の在宅医療をテーマにした作品『いのちの停車場』だ。吉永は、東京で救命救急医として活躍しているが、ある事件の責任を取って退職し、実家のある金沢で在宅医療に携わる医師・白石咲和子を演じる。

 以前から医師を演じてみたかったという吉永だが、同じ医師でも最先端医療ではなく看取りの医療“命のしまい方”をテーマに選んだのが面白い。コロナ禍での撮影であったことが、より深く「生きていくことの大切さ」を考えさせることにつながったという。

 このテーマを選んだ吉永の先見の明には驚くばかりだ。稼働病床数を減らそうという国の政策により、より身近になった在宅医療の“未知数であるあり方”を目の当たりにすることができるとも言える。

脇を固める西田敏行、松坂桃李、広瀬すずも好演。擬似家族のように変化していく人間関係も見どころの1つ(C)2021「いのちの停車場」製作委員会
脇を固める西田敏行、松坂桃李、広瀬すずも好演。擬似家族のように変化していく人間関係も見どころの1つ(C)2021「いのちの停車場」製作委員会

 本作は、“居場所”についての映画でもある。吉永演じる咲和子は、勤め先である「まほろば診療所」の院長だが最初は少し距離を置いていた仙川徹(西田敏行)と、徐々に疑似親子のような関係になっていく。さらに、診療所で働く訪問看護師の星野真世(広瀬すず)や、以前の職場が同じで咲和子を慕い金沢まで追いかけてくる医大卒業生の野呂聖二(松坂桃李)も、やがて仙川や咲和子を通じて家族のようになっていく。

 彼らを結ぶのは血や婚姻などでなく気持ち。彼らが少しずつ信頼関係を築き、寄りかかり合うことができるようになっていく姿は、理想的すぎるものの愛おしさを感じる。当然、医療従事者である彼らの先には“患者とその家族”という、さらに寄りかかる場所を必要とする存在がある。その患者たちとのドラマが淡々と描かれるのもとてもいい。

 ゆくゆくは誰もが直面する命のしまい方の話。「観た方が命について考え、前向きに生きることにつながる作品になればと思います」。吉永小百合がそう語った通りの作品だ。

 
『いのちの停車場』2021年5月21日(金)全国ロードショー (c)2021「いのちの停車場」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。