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2児の母・菅野美穂が演じるワンオペ育児のリアル 疲弊する母たちを描く『明日の食卓』

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

スーパーで子どもたちを追いかけて…育児の現実をリアルに演じた菅野美穂

(c)2021「明日の食卓」製作委員会
(c)2021「明日の食卓」製作委員会

 子育てをしていると、多くの母親が孤独だと感じるのはなぜだろう。それは育児が“社会”から隔絶されたところで行われてきたからではないか。成長の過程で子どもは広く社会と付き合い方を学んでいく。教育を受けるのも、スポーツの楽しみ方を知るのも、音楽や映画、舞台やドラマを観るのも、社会の中で生きる術を見出すためのツールとなるからだ。

 男女ともそうやって成長していくが、女性は妊娠とともに家にいることが増える。育児期間に至っては自分のことをする時間すら奪われ、さらに社会と接する機会が減ると、女性にとって家庭が“社会”となってしまうのではないか。本来は拠点にすぎない家庭だが、そこにいることで“社会とのつながりと感じられない”としたら、この上なく孤独を感じるのではないか。

『明日の食卓』の留美子は母3人の中で一番強く社会と結び付いているが、ワンオペは避けられず、常に子どもに小言を言いながら仕事をしている。映画の冒頭、スーパーマーケットの中を走り回る息子たちをなりふりかまわず叱りながら追いかける留美子の姿は、子育てを経験した方の多くが共感する場面だろう。

 冒頭の「誰のことも怒っておらず、イライラもしてなく、誰もぐずっていない時間は1日のうちに5分もない」という菅野の発言に戻ると、彼女自身もリアルに感じながら演じていたことが分かる。

もらい泣き必至の考えさせるラスト 共感して何かを解放できる物語

 育児は、どんな親も初めて臨むもの。その大変さはたぶん誰の想像をも超える。3人の同名の息子を持つ母の映画と前述したが、本当は4人の母の話だ。その4人目は苦境を乗り越えるための術を持てず、我が子に手をかけてしまう。物語はそのエピソードをきっかけに始まる。

 そんな“ボーダーライン”に立つ母たち3人が、その厳しい境を前にどう行動したかは、ぜひ映画をご覧いただきたい。留美子のケースは素晴らしいシーンで終わる。小さい息子たちと本音でぶつかる、もらい泣き必至の考えさせるラストだ。

 息子たちを演じた子役(外川燎)の演技が胸を打つ。幼い彼らが共演者の菅野から何を受け取って、あのタイミングで、あんな風な涙を流したのかは分からない。

 でもたぶん、菅野の肝っ玉の据わり具合が、彼らに安心してあの涙を流させただろうことは間違いない。彼女がインタビューで語っていた「きっと本当に私のことが怖かったんじゃないかな」の言葉が裏付けするように。

『明日の食卓』には、大阪のシングルマザー、石橋加奈(高畑充希)のエピソード、静岡の名家に嫁いだ専業主婦の石橋あすみ(尾野真千子)のエピソードもある。時間を作りづらい状況ではあるが、ぜひ観て共感し、観た方に何かを解放してもらいたい。そんな風に思ってしまう作品だ。

 
『明日の食卓』2021年5月28日(金)全国公開 WOWOWオンデマンド、auスマートパスプレミアム、TELASAにて、6月11日(金)より配信開始 (c)2021「明日の食卓」製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。