育児・家族

遺影の写真が…認知症の父を送ったアラフィフ娘 生前にやっておくべきと思ったこと3つ

著者:和栗 恵

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介護の末、父を見送った筆者。死後に得た気付きとは(写真はイメージ)【写真:写真AC】
介護の末、父を見送った筆者。死後に得た気付きとは(写真はイメージ)【写真:写真AC】

 見通しがきかず、未来がまるで読めない――そんな「介護」の現実と向き合ってきたアラフィフ娘でしたが、ついに別れの時が訪れました。父親が認知症と診断されてから約3年。長いようで短い時間を経て父親を見送った今、「これ、やっておけば良かった!」とリアルに感じたことをお伝えします。

 ◇ ◇ ◇

ある夜、突然終わった父親の人生

 令和3年5月半ば。病院当直医からの電話で、父の死を知ることになりました。その少し前には病院から母へ「血圧が60台まで下がっている」と連絡があり、私は翌日にも父の様子を何とかして見に行こうと思っていたところ。何とも呆気ない父の最期に「ああ、親父らしいなぁ」……そんな言葉が脳内に浮かんでは消えていく夜を過ごしたのを覚えています。

 父が認知症患者を受け入れる病院に入ってからおよそ1年半。入院して数か月でコロナ禍になり、見舞うことはなかなか叶いませんでした。容態が悪化したことからようやく面会が許され、訪れたのは今年の4月初旬。それからわずか1か月半で二度と父に会うことができなくなるとは、家族の誰もが予想していなかったことでした。

 ただそれでも、父に対して“できるだけのことをした”という自負があります。「会えなくなってしまって寂しい」という気持ちはあれども、不思議なほど晴れ晴れとした気持ちで葬儀に臨むことができました。

 またこれまで、私の拙い連載「アラフィフ娘の明るい介護」をお読みいただき、応援してくださった方々に感謝を致します。本当にありがとうございました。