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40代に入った田中麗奈の“初めて見る顔” 輝くことを意図的に止めた映画『犬部!』

公開日:  /  更新日:

著者:関口 裕子

結婚と出産を経て復帰 「いつのまにか覚悟がついた」40代へ

(c)2021『犬部!』製作委員会
(c)2021『犬部!』製作委員会

 小さい頃から女優になりたいと思っており、『がんばっていきまっしょい』の悦ネエ役が決まった時はうれしさのあまり両親と踊ったという。この作品に、「演じることの楽しさ、厳しさ、くやしさ、うれしさ、もどかしさを教わった」という。そして「台詞がない時こそ演じ手の力量が量られ、現場のスタッフはカメラの前でないところこそを見ている」ということも。

 そんな風に走り続けて約20年。2019年、3年前に結婚した相手との間に第1子を出産する。子育ては待ってくれない。「常に前に進むしかなく、いつの間にか覚悟がつき、自然に強くなれている気がする」そうだ。

 今年41歳になった田中は、昨年辺りから子育てをしつつ、少しずつ仕事に復帰を始めた。始めた当初は全然自分の時間などなく、子どもが寝た隙にセリフを覚えるのが精いっぱい。今以上に不便な社会の中で子育てをしながら俳優業を貫いた先輩たちには脱帽すると話している。

『犬部!』はそんな渦中の出演作。犬好きで知られる大学の獣医学部の学生、花井(林遣都)と篠崎(中川大志)は殺処分が決まった犬で行う外科実習に反対。一匹も死なせたくないと、飼い主のマッチングを行う譲渡会のクラブ「犬部」を設立する。獣医になってからも極端な行動で犬猫を救おうとする花井と、どうせ誰かが殺処分するなら自分がやると動物愛護センターに勤める篠崎が、現代社会を必死に改革していこうとする感動作だ。

そして今「初めて見る田中麗奈」とは?

 犬を愛し、動物愛護センターの所長となった篠崎は、保護犬に新しい家族を見つける譲渡に尽力する。それでも家族が見つからなければ殺処分は免れない。その役目を自らに課した篠崎は、自らが行う相反する行動に心が壊れていく。田中は、そんな篠崎を救う動物愛護センターの職員を演じた。

 田中の登場シーンに装飾はない。獣舎の巡回中、片隅にうずくまる篠崎を見つけるという必要最低限の行動のみ。でも田中演じる職員も犬を愛する人であること、普段から篠崎を心配する者であることを、その声のトーンで理解させる。『はつ恋』で田中の力量を既に熟知している篠原監督の絶妙なキャスティングなのだ。

 ここでの田中はこれまでとは異なり、自ら光り輝くことは意図的にやめている。ダークサイドに落ちそうになっている篠崎に自分のエネルギーを与え、再び光を取り戻させるかのように語りかける。短い出演シーンの中で、篠崎をくい止めるに足る力を要する役。初めて見る田中麗奈だった。

『東京マリーゴールド』の市川準監督は、田中の持ち味を「“上手”な芝居をしないこと」だと語っている。“ふつう”の感覚を持ち続けているということなのだそう。成功体験を持つ者にとって、たぶん“ふつう”を損なわずにいることは俳優に限らず難しいのではないか。そんな田中麗奈の、この歳ゆえの主演作が楽しみで仕方ない。

 
『犬部!』 7月22日(木・祝)全国ロードショー 配給:KADOKAWA (c)2021『犬部!』製作委員会

(関口 裕子)

関口 裕子(せきぐち・ゆうこ)

映画ジャーナリスト。「キネマ旬報」取締役編集長、米エンターテインメントビジネス紙「VARIETY」の日本版「バラエティ・ジャパン」編集長などを歴任。現在はフリーランス。